住み慣れたご自宅で療養生活を送る在宅医療は、患者様とご家族にとって多くの利点があります。
しかし、病状の変化や介護環境によっては、ご自宅での療養が難しくなり、入院治療がより良い選択となる場合があります。
在宅医療を続ける中で、「どのような状態になったら入院を考えるべきか」という問いは、多くの方が抱く不安の一つでしょう。
この記事では、在宅医療の継続が困難になる可能性のある具体的なサインや、適切なタイミングで入院へ移行するための判断基準について、分かりやすく解説します。
在宅医療における入院判断の基準
ご自宅での療養を続ける中で、患者様の身体状態には様々な変化が現れます。
日々の小さな変化を見逃さず、どのような状態が入院を検討するサインになるのかを知っておくことは、適切な医療を受ける上で非常に重要です。
ここでは、身体が発する危険な信号である「バイタルサイン」の変化や、意識状態、呼吸、循環といった生命維持に直結する機能の悪化について、具体的な判断基準を解説します。
バイタルサインの危険な変化と緊急性の評価
バイタルサインは「生命の兆候」とも呼ばれ、体温、脈拍、呼吸、血圧などが含まれます。これらの数値は、体の状態を客観的に示す重要な指標です。
普段から患者様の平時の数値を把握しておき、大きな変動が見られた場合には注意が必要です。
特に、複数のバイタルサインが同時に悪化する際は、緊急性が高いと考え、速やかに訪問医や看護師に連絡を取る必要があります。
バイタルサインの注意すべき変動
| 項目 | 一般的な平常値の目安 | 入院を検討する変化の例 |
|---|---|---|
| 体温 | 36.5℃~37.0℃前後 | 38.5℃以上の高熱が続く、または35.0℃以下の低体温 |
| 脈拍 | 60~100回/分 | 120回/分以上、または50回/分未満の状態が続く |
| 呼吸数 | 12~20回/分 | 25回/分以上、または10回/分未満で呼吸が浅い |
意識レベルの低下と神経症状の出現
意識の状態は、脳が正常に機能しているかを示す重要なサインです。
普段と比べて呼びかけへの反応が鈍い、つじつまの合わないことを言う、時間や場所が分からなくなる、といった変化は意識レベルが低下している可能性があります。
また、体の片側が動きにくい、ろれつが回らない、ひきつけ(けいれん)が起こるなどの神経症状が出現した場合も、脳に何らかの異常が起きているサインであり、緊急の対応が必要です。
意識レベルの簡易的な確認項目
| 確認すること | 正常な反応 | 注意が必要な反応 |
|---|---|---|
| 呼びかけ | はっきりと目を開ける | 反応が鈍い、または反応がない |
| 会話 | 日付や場所を理解している | 会話が成り立たない、混乱している |
| 身体の動き | 手足に麻痺などがない | 左右どちらかの動きが悪い |
呼吸困難と酸素飽和度の悪化
呼吸が苦しいという症状は、患者様にとって非常につらいものです。
「安静にしていても息が切れる」「横になると苦しくて眠れない」「肩を上下させて呼吸している」といった状態は、呼吸状態が悪化しているサインです。
パルスオキシメーターで測定する酸素飽和度(SpO2)が90%を下回る状態が続く場合、体に必要な酸素を取り込めておらず、入院して専門的な呼吸管理を行う必要があります。
特に慢性的な呼吸器疾患をお持ちの方は、急な悪化に注意しましょう。
循環動態の不安定化と血圧変動
血圧の大きな変動は、心臓や血管の機能が不安定になっていることを示します。
収縮期血圧(上の血圧)が極端に高い(例:180mmHg以上)または低い(例:90mmHg未満)状態が続く場合、臓器に必要な血液が送れなくなったり、脳出血などの危険性が高まったりします。
また、脈拍が乱れる不整脈や、手足が冷たく紫色になる(チアノーゼ)などの症状も、循環動態が悪化しているサインです。
これらの症状は生命に直接関わるため、速やかな医療介入が必要です。
在宅医療で対応困難な症状と病態
在宅医療は多くの症状に対応できますが、専門的な検査や治療、外科的な処置が必要となる病状や、精神的に不安定な状態が強く現れた場合には、ご自宅での対応に限界が生じることがあります。
ここでは、どのような症状や病態が入院治療を必要とするのか、具体的な例を挙げて解説します。
これらの状態は、在宅環境では管理が難しく、病院の設備や専門スタッフによる集中的な治療が求められます。
急性期治療が必要な感染症の重症化
高齢者や基礎疾患を持つ方は、肺炎や尿路感染症などが重症化しやすい傾向にあります。
高熱が続き、食事や水分が全く摂れない、ぐったりして意識がもうろうとしている、といった状態は、感染症が全身に広がっている(敗血症)可能性があり危険です。
このような重症感染症では、抗菌薬の点滴投与や全身状態の集中管理が必要となるため、入院治療が原則となります。
感染症の重症化を示すサイン
| 項目 | 観察のポイント |
|---|---|
| 全身状態 | ぐったりしている、呼びかけへの反応が極端に悪い |
| 食事・水分 | 半日以上、全く経口摂取ができていない |
| 尿 | 量が極端に少ない、または色が濃い |
消化管出血や外傷など外科的処置を要する状態
吐血(血を吐く)や下血(お尻から血が出る)は、胃や腸からの出血(消化管出血)が疑われます。出血量が多い場合はショック状態に陥る危険があり、内視鏡による止血処置や手術が必要です。
また、ご自宅での転倒による骨折、特に足の付け根(大腿骨頸部)の骨折や、頭を強く打った場合などは、速やかに病院での検査と治療を受けなくてはなりません。
これらの外科的処置は、在宅では対応できません。
- 吐血、下血
- 転倒による強い痛みや変形
- 頭部外傷後の意識障害
- 深い切り傷
精神科的症状の急性増悪と対応の限界
認知症に伴う興奮や暴力、幻覚、妄想などが強く現れ、ご家族の対応が困難になることがあります。
また、うつ病による食欲不振や強い希死念慮(死にたいという思い)など、患者様ご自身の安全確保が難しい場合も、入院による専門的な精神科治療や環境調整が必要です。
ご家族だけで抱え込まず、精神的な不安定さが強まった際には、訪問医に相談することが重要です。
医療機器と処置による入院適応の判断
在宅医療の技術は進歩し、多くの医療機器をご自宅で使用できるようになりました。
しかし、病状が進行したり、より複雑な治療が必要になったりすると、ご自宅の設備や環境では対応が難しくなることがあります。
ここでは、どのような医療機器や処置が必要になった場合に、入院を検討すべきかについて具体的に解説します。24時間体制での監視や、専門的な手技が求められる状況が、一つの判断基準となります。
在宅では困難な高度医療機器の必要性
人工呼吸器の中でも、より精密な設定や頻繁な調整を要する機種や、持続的に透析を行う機器(持続的腎代替療法)などが必要になった場合、入院管理が基本となります。
これらの高度な医療機器は、操作や管理に専門知識が必要であり、トラブル発生時に迅速な対応が求められるため、病院の集中治療室(ICU)などで使用します。
24時間持続的な医療監視が必要な状態
心電図モニターや血圧モニターなどを用いて、常に身体の状態を監視しなくてはならない不安定な病状では、入院が必要です。
例えば、重篤な不整脈が頻発している場合や、血圧が薬を使っても極端に変動する場合などが挙げられます。
訪問看護師が定期的に訪問する体制であっても、24時間持続的に監視することはできず、急変のリスクに対応しきれない可能性があります。
24時間監視が検討される状態の例
| 状態 | 監視する項目 | 理由 |
|---|---|---|
| 重症心不全の急性増悪 | 心電図、血圧、酸素飽和度 | 致死的な不整脈や急激な血圧低下のリスク管理 |
| 重症の呼吸不全 | 呼吸数、酸素飽和度 | 呼吸停止のリスクや人工呼吸器の調整 |
| 重篤な意識障害 | 意識レベル、呼吸状態 | 気道閉塞や状態の急変を早期に察知するため |
複雑な医療処置と専門的ケアの要求
頻繁な気管内吸引や、複数の点滴ルートからの薬剤投与、特殊な創傷処置(褥瘡など)が必要な場合、ご家族の負担や技術的な側面から在宅での継続が難しくなることがあります。
特に、専門的な知識を持つ看護師による頻回なケアが必要な状態では、入院して体制の整った環境で治療に専念することが望ましい場合があります。
輸血や手術などの侵襲的治療の適応
貧血が著しく進行し、輸血が必要になった場合や、体にメスを入れるような外科手術、カテーテル治療などが必要と判断された場合は、当然ながら入院の適応となります。
これらの治療は「侵襲的治療」と呼ばれ、身体への負担を伴うため、厳重な管理下で実施する必要があります。在宅医療の範囲を超える専門的な治療です。
薬物投与ルートの確保と集中管理の必要性
口から薬を飲むことができなくなり、点滴で栄養や薬剤を補給する必要が出てくることがあります。
末梢の血管からの点滴が難しくなり、体の中心に近い太い血管にカテーテルを入れる「中心静脈栄養」が必要になった場合、管理の複雑さや感染症のリスクから、入院を検討することが多くなります。
また、複数の薬剤を厳密な時間管理で持続的に投与する場合も、入院による集中管理が安全です。
家族・介護者の状況と在宅継続の可否
在宅医療は、患者様ご本人だけでなく、支えるご家族や介護者の存在があって初めて成り立ちます。
介護者の心身の健康状態や介護力、利用できる社会的な支援体制も、在宅療養を続けていく上で非常に重要な要素です。
ここでは、介護側の視点から、どのような状況が在宅医療の限界を示唆するのかについて解説します。介護者が限界を感じる前に、早めに状況を共有し、対策を考えることが大切です。
介護者の身体的・精神的負担の限界
介護の中心を担う方の睡眠不足や体調不良は、介護の質に直接影響し、共倒れにつながる危険性があります。夜間の頻繁な対応や、体位変換などの力仕事が続くと、身体的な疲労は蓄積します。
また、「自分がしっかりしなければ」という責任感から精神的に追い詰められ、不安や抑うつ状態に陥ることも少なくありません。
介護者が心身の限界を感じている場合は、一時的に入院して休息を取る「レスパイト入院」なども含め、療養環境の見直しが必要です。
介護者の負担度チェック
下記に該当するようなことが無いかご確認ください。在宅療養は健康なご家族のサポートがあってはじめて成り立ちます。レスパイト入院、ショートステイの利用、老人ホーム入所などの選択肢をケアマネージャーや医師と
| 項目 | 該当するか | 解説 |
|---|---|---|
| 十分な睡眠がとれない | はい / いいえ | 睡眠不足は判断力や体力の低下に直結します。 |
| 自分の時間がないと感じる | はい / いいえ | 精神的な余裕がなくなり、追い詰められやすくなります。 |
| 介護が原因で体調を崩した | はい / いいえ | 介護を継続するための危険信号です。 |
家族の介護技術不足と安全性の確保
痰の吸引や経管栄養の管理など、医療的なケアをご家族が行う場面も増えています。しかし、これらの手技は簡単ではなく、誤った方法は患者様を危険にさらす可能性があります。
訪問看護師などから指導を受けても、どうしても不安が拭えなかったり、緊急時の対応に自信が持てなかったりする場合は、無理をすべきではありません。
患者様の安全を最優先に考え、入院して専門家に任せるという選択も重要です。
社会的支援体制の不備と孤立状況
介護保険サービスなどを利用していても、介護者が一人で多くの負担を背負っている「老老介護」や「認認介護」、あるいは日中独居の状態では、緊急時の対応が遅れるリスクがあります。
頼れる親族が近くにいない、近隣との交流がないなど、社会的に孤立している場合も同様です。
十分なサポート体制が整えられない状況では、安全な在宅療養の継続は困難と判断されることがあります。
- 訪問介護、訪問看護
- デイサービス、ショートステイ
- 地域のサポートセンター
- 配食サービス
経済的要因と医療資源の制約
理想的な療養環境を考える上で、経済的な側面や、地域で利用できる医療サービスの状況を無視することはできません。在宅医療と入院治療では、かかる費用や利用できる制度が異なります。
また、お住まいの地域によって、受けられる医療や介護サービスに差があることも事実です。
ここでは、費用面や地域の医療体制といった観点から、入院移行を検討する際のポイントを解説します。
在宅医療費用と入院費用の比較検討
在宅医療にかかる費用は、医療保険や介護保険の自己負担分、おむつ代などの保険外費用などから構成されます。一方、入院費用は、治療費や入院基本料、食事代、差額ベッド代などがかかります。
患者様の状態や利用するサービス、加入している保険の種類によって、どちらの費用が高くなるかは一概には言えません。
高額療養費制度など、負担を軽減する公的制度もありますので、ケアマネジャーや病院の医療ソーシャルワーカーに相談し、具体的な費用を比較検討することが大切です。
費用に関する相談先
| 相談先 | 主な相談内容 |
|---|---|
| ケアマネジャー | 介護保険サービスの費用、利用計画 |
| 医療ソーシャルワーカー | 医療費全般、公的制度の活用方法 |
| 市区町村の窓口 | 各種助成制度、保険に関する手続き |
保険適用範囲と患者負担の考慮
医療保険や介護保険で提供されるサービスには、回数や種類に上限が定められています。例えば、訪問看護の利用回数を増やしたくても、保険の範囲内では限界がある場合があります。
保険適用外のサービスを利用すると全額自己負担となり、経済的な負担が大きくなります。
必要なケアが保険の範囲内で収まらないほど増大した場合、施設入所や入院を選択した方が、結果的に経済的負担を抑えられる可能性もあります。
地域医療資源の活用と連携体制
お住まいの地域に、24時間対応してくれる訪問看護ステーションや、緊急時に入院を受け入れてくれる後方支援病院が確保されているかは、在宅療養の安心感を大きく左右します。
専門的な処置ができる医療機関が遠方であったり、介護サービスの事業所が不足していたりするなど、地域の医療・介護資源が乏しい場合は、いざという時の対応が難しくなります。
こうした地域の事情も、療養場所を決定する上での重要な要素です。
入院移行のタイミングと手続き
実際に「入院」が決まった場合、どのような流れで進むのでしょうか。状態の悪化が急激で、すぐに入院が必要になる「緊急入院」と、ある程度計画的に入院日を決める「計画的入院」があります。
どちらの場合でも、在宅で関わってきた医療者と、入院先の医療者がスムーズに情報をやり取りし、継続した治療が受けられるようにすることが重要です。
ここでは、入院に至るまでの判断や、具体的な手続きの流れについて解説します。
緊急入院と計画的入院の判断分岐点
これまでに解説したような、生命に危険が及ぶような急激な状態変化が起きた場合は、緊急入院となります。訪問医や訪問看護師が状況を判断し、救急車の手配や入院先の病院との調整を行います。
一方、徐々に食事が摂れなくなってきた、介護者の負担が限界に近い、といった状況では、訪問医やケアマネジャーと相談の上で、計画的に入院の準備を進めることができます。
計画的入院は、患者様やご家族の心の準備ができるという利点があります。
入院形態の判断例
| 入院形態 | 判断される状況の例 | 特徴 |
|---|---|---|
| 緊急入院 | 意識障害、呼吸困難、大量出血など | 迅速な判断と対応が求められる |
| 計画的入院 | 経口摂取量の低下、介護負担の増大 | 事前の準備や調整が可能 |
医療機関間の情報共有と引き継ぎ方法
安全な入院移行のためには、訪問医から入院先の医師へ、患者様のこれまでの経過や治療内容、アレルギー情報、そして何よりも患者様やご家族の意向などを正確に伝えることが重要です。
この情報共有は、通常「診療情報提供書(紹介状)」という形で行われます。
訪問看護師からも、日々のケアの内容や注意点をまとめた「看護サマリー」を提供し、入院後も一貫性のあるケアが継続されるように連携します。
患者・家族への説明と同意取得
なぜ入院が必要なのか、入院先ではどのような治療が行われるのか、どのくらいの期間が見込まれるのかについて、医師から患者様ご本人とご家族へ十分な説明を行います。
その上で、治療方針について理解し、納得していただくこと(インフォームド・コンセント)が大切です。不明な点や不安なことがあれば、遠慮なく質問し、十分に話し合う時間を持つことが望まれます。
退院計画の立案と在宅復帰への準備
入院治療によって状態が安定すれば、再びご自宅での生活に戻ることを目指します。
入院中から、退院後の生活を見据えて、病院のスタッフ(医師、看護師、リハビリ専門職、医療ソーシャルワーカーなど)と在宅のスタッフ(訪問医、ケアマネジャーなど)が連携して退院計画を立てます。
退院に向けて、必要な介護サービスの調整や、住宅環境の見直しなど、安心してご自宅に戻るための準備を進めていきます。
よくある質問
- 本人が入院を強く拒否する場合はどうすればよいですか?
-
ご本人が住み慣れた自宅を離れたくないと考えるお気持ちは、とても自然なことです。まずは、なぜ入院したくないのか、その理由を丁寧に聞くことが大切です。
「痛い治療をされるのが怖い」「家族に迷惑をかけたくない」など、様々な思いがあるかもしれません。
その不安を訪問医や看護師にも共有し、入院の必要性や入院によって得られる利点(症状が楽になる、家族が休めるなど)を、専門家の立場からも繰り返し説明してもらうことが有効な場合があります。
それでも意思が変わらない場合は、ご本人の意思を尊重しつつ、在宅でできる最大限の対応を再度検討することになります。
- 夜間や休日に状態が急変した場合の対応方法は?
-
訪問診療を利用している場合、通常は24時間365日対応可能な緊急連絡先が知らされます。まずは慌てずにその連絡先に電話をし、状況を正確に伝えてください。
電話で医師や看護師の指示を仰ぎ、必要であれば緊急往診や救急車の要請などの判断をしてもらいます。
いざという時に備えて、緊急連絡先や保険証、お薬手帳などを一つの場所にまとめておくと安心です。
- 入院したら、もう自宅には戻れないのでしょうか?
-
入院の目的によって異なります。
肺炎などの急性疾患の治療や、介護者の休息を目的とした一時的な入院(レスパイト入院)であれば、状態が安定すればご自宅に戻ることが前提となります。
一方で、病状が進行し、常時専門的な医療管理が必要な状態になった場合は、長期の入院や施設への移行を検討することもあります。
入院の早い段階から、退院後の生活について病院の医療ソーシャルワーカーや在宅のケアマネジャーと話し合いを始めることが、ご本人やご家族の希望に沿った将来を選択するために重要です。
今回の内容が皆様のお役に立ちますように。

