サルコペニア・フレイル改善支援 – 訪問診療で実現する在宅包括ケア

サルコペニア・フレイル改善支援 - 訪問診療で実現する在宅包括ケア

ご自宅で療養生活を送る中で、「最近、急に力が弱くなった」「ささいなことで疲れやすくなった」と感じることはありませんか。

それは「サルコペニア」や「フレイル」と呼ばれる状態かもしれません。これらは単なる加齢のせいだけではなく、放置すると寝たきりや要介護状態につながる可能性があります。

しかし、在宅療養中であっても、訪問診療による包括的なケアを通じて、これらの状態の改善を目指すことが可能です。

この記事では、サルコペニアとフレイルの基礎知識から、訪問診療が提供する在宅での具体的な改善支援について詳しく解説します。

目次

サルコペニア・フレイルの基礎知識と診断

在宅療養を続ける上で、サルコペニアとフレイルの理解は非常に重要です。

これらは、年齢とともに進行しやすい状態ですが、適切な知識を持ち、早期に兆候を察知することで、在宅での生活の質を維持・向上させるための対策を講じることができます。

サルコペニアとフレイルの定義と違い

サルコペニアとフレイルは、しばしば混同されがちですが、異なる概念でありながら密接に関連しています。

サルコペニアは、主に「筋肉量の減少」と「筋力の低下」を指す状態です。加齢や、活動量の低下、栄養不足、さまざまな疾患の影響によって引き起こされます。

立ったり歩いたりといった日常生活の基本的な動作が困難になる直接的な原因となります。

一方、フレイルは、サルコペニアを含む、より広い概念です。

「虚弱」とも訳され、加齢に伴って身体的な機能だけでなく、精神的・心理的な機能、さらには社会的なつながりまでもが低下し、ストレスに対する脆弱性が高まった状態を指します。

フレイルは、体重減少、疲労感、活動量の低下、歩行速度の低下、握力の低下といった要素で判断します。

つまり、サルコペニア(筋肉の問題)は、フレイル(心身の虚弱)を引き起こす最大の要因の一つであり、フレイルのサイクルを加速させる中核的な問題と言えます。

在宅療養においては、この二つを同時に評価し、対策を考えることが大切です。

サルコペニアとフレイルの比較

項目サルコペニアフレイル
主な焦点筋肉量と筋力の低下身体的・精神的・社会的な脆弱性
主な構成要素筋力低下、筋肉量減少体重減少、疲労感、活動量低下など
関係性フレイルの主要な原因の一つサルコペニアを内包する広範な概念

在宅患者さんに見られる主な症状と兆候

在宅で療養中の患者さんにおいて、サルコペニアやフレイルは静かに進行することがあります。ご本人やご家族が早期に気づくためには、日常生活の中での小さな変化に注意を払うことが重要です。

最も分かりやすい兆候は、「歩く速さが遅くなった」ことです。以前はスムーズに移動できていた室内でも、杖や手すりが必要になったり、時間がかかるようになったりします。

また、「握力の低下」も顕著なサインです。ペットボトルのキャップが開けにくい、タオルを固く絞れない、といった具体的な場面で現れます。

「疲れやすさ」や「だるさ」も重要な兆候です。以前は問題なくできていた家事や趣味活動が億劫になり、日中も横になっている時間が増える傾向があります。

意図しない「体重減少」、特にこの半年間で2〜3kg以上の体重が減った場合も注意が必要です。これは筋肉が減少している可能性を示唆します。

注意したい日常の変化

  • 横断歩道を青信号で渡りきれない
  • 椅子から立ち上がるのに手すりが必要
  • 転倒することが増えた
  • 食事の量が減った(特に肉や魚)

これらの兆候は、単なる「年のせい」と見過ごされがちですが、在宅での生活を脅かすサルコペニア・フレイルのサインである可能性を認識し、早めに医療専門職に相談することが求められます。

診断基準と評価方法

サルコペニアやフレイルを正確に把握するため、訪問診療では在宅の環境でも実施可能な評価方法を用います。専門的な機器がなくても、患者さんの状態を把握するための簡便で有効な手段があります。

サルコペニアの評価では、まず「SARC-F(サークエフ)」と呼ばれる質問票を用いることがあります。

これは、筋力、歩行、椅子からの立ち上がり、階段昇り、転倒の経験に関する5つの簡単な質問で、サルコペニアのリスクを迅速にスクリーニングする方法です。

SARC-F(サルコペニア・スクリーニング質問票)の例

質問項目内容(要約)点数
S (Strength)約5kgの物を持ち上げ運ぶ困難さ困難なし(0) / 少し困難(1) / かなり困難(2)
A (Assistance)部屋を横切る歩行の困難さ困難なし(0) / 少し困難(1) / かなり困難(2)
R (Rise)椅子やベッドから起き上がる困難さ困難なし(0) / 少し困難(1) / かなり困難(2)
C (Climb)10段の階段を昇る困難さ困難なし(0) / 少し困難(1) / かなり困難(2)
F (Falls)過去1年間の転倒回数なし(0) / 1-3回(1) / 4回以上(2)

※合計点数が4点以上の場合、サルコペニアの疑いが高まります。

さらに、訪問診療の際には、医師や看護師が携帯型の握力計で「握力」を測定したり、患者さんの「歩行速度」を計測したりします。

ふくらはぎの最も太い部分の周径(ふくらはぎ周囲長)をメジャーで測定することも、筋肉量の簡易的な指標として有効です。

これらの客観的な測定値と、SARC-Fや日常生活の様子(ADL)を総合的に評価し、サルコペニアやフレイルの状態を診断します。

放置することで生じるリスクと合併症

サルコペニアやフレイルを「年齢相応のもの」として放置すると、在宅療養生活の継続を困難にする、さまざまな深刻なリスクや合併症を引き起こします。

最も警戒すべきは「転倒・骨折」です。筋力の低下、特に下肢の筋力が弱まると、わずかな段差でもつまずきやすくなり、転倒のリスクが急激に高まります。

高齢者の場合、転倒は容易に大腿骨近位部骨折(足の付け根の骨折)などにつながり、これがきっかけで手術や長期の入院が必要となり、結果として寝たきり状態に陥るケースが少なくありません。

また、サルコペニアは四肢の筋肉だけでなく、嚥下(飲み込み)に関わる筋肉にも影響を及ぼします。

嚥下機能が低下すると、食事中にむせやすくなり、「誤嚥性肺炎」のリスクが高まります。誤嚥性肺炎は高齢者の主要な死亡原因の一つであり、在宅療養において厳重な管理が必要です。

身体活動量の低下は、食欲不振を招き、それがさらなる低栄養状態と筋肉量の減少を引き起こすという「負のスパイラル」を生み出します。

この状態は、感染症にかかりやすくなったり、褥瘡(床ずれ)が発生しやすくなったりするなど、全身の健康状態の悪化に直結します。

在宅でサルコペニア・フレイル改善を目指す意義

サルコペニアやフレイルの兆候が見られた場合、なぜ入院治療ではなく、在宅での改善を目指すのでしょうか。

そこには、特に高齢の患者さんにとって、住み慣れた環境でケアを続けることの大きな意義があります。

入院によるさらなる筋力低下のリスク回避

病院への入院は、治療のために必要不可欠な場合もありますが、一方で、特に高齢の患者さんにとっては「廃用症候群」を引き起こす大きなリスク要因ともなります。

廃用症候群とは、ベッドの上での安静状態が続くことによって、全身の機能が著しく低下することです。

入院中は、自宅での生活に比べて活動量が極端に減少します。治療のためにベッドから動けない時間が長引くと、筋肉は急速に萎縮し、筋力は低下します。

研究によれば、高齢者が数日間安静にしているだけで、歩行能力が大幅に低下することもあります。

入院生活で活動量が減る要因

  • 治療による安静指示
  • 慣れない環境での転倒リスク懸念
  • トイレや食事の際の介助依存
  • 日中の刺激不足

このため、元の病気が治癒しても、入院前のように歩けなくなったり、自力でトイレに行けなくなったりすることがあります。

在宅でサルコペニア・フレイルの改善に取り組む最大の意義は、この入院による医原性(医療行為が原因)の筋力低下やADL低下のリスクを回避し、現在の生活機能を可能な限り維持・向上させる点にあります。

住み慣れた環境での継続的ケアの利点

「在宅」という環境は、患者さんにとって最もリラックスでき、安心できる場所です。この精神的な安定は、治療やリハビリテーションに取り組む意欲にも良い影響を与えます。

訪問診療によるケアの大きな利点は、病院という非日常的な空間ではなく、患者さんが実際に生活している「場」でアセスメントと介入を行える点です。

例えば、リハビリテーションにおいても、病院の訓練室で行う画一的な運動ではなく、自宅の廊下の手すりを使って歩行訓練を行ったり、自宅のトイレで安全に立ち座りする練習を行ったりと、実際の生活動作に即した実践的な指導が可能です。

栄養指導においても同様です。

訪問診療チームがご自宅の台所や冷蔵庫の状況を拝見し、普段召し上がっている食事内容やご家族の調理能力を踏まえた上で、現実的で継続可能な食事改善プラン(例えば、常備できる缶詰の活用や、簡単な調理法の提案)を提示できます。

在宅ケアの環境的利点

側面在宅環境での利点期待される効果
精神面安心感、ストレスの軽減リハビリへの意欲向上
生活面実際の生活動線での訓練が可能ADL(日常生活動作)の維持・改善
栄養面普段の食生活に基づいた指導継続可能な栄養改善の実現

早期介入による改善可能性の向上

サルコペニアやフレイルは、一度進行すると回復が難しくなる側面もありますが、決して不可逆的な状態ではありません。

特に、その兆候が出始めた「早期」の段階で適切な介入(栄養改善と運動療法)を行えば、筋力や身体機能は再び向上する可能性があります。

訪問診療は、患者さんのもとへ定期的に(例えば月2回など)訪問するため、体調の小さな変化やフレイルの兆候を早期に察知しやすい体制です。

病院の外来受診のように、体調が悪化してから受診するのを待つのではなく、予防的な観点から先手を打って介入を開始できます。

「最近、転びやすくなった」「食欲が落ちた」といったご家族からの相談をきっかけに、すぐに評価を行い、深刻な状態に陥る前に栄養指導や在宅でできる運動プログラムを開始することが、在宅療養の質を保つ鍵となります。

訪問診療による包括的アプローチの特徴

在宅でのサルコペニア・フレイル改善は、単一の治療法で完結するものではありません。

訪問診療クリニックは、患者さんの生活全体を医学的管理下に置き、多角的な視点から支援する「包括的アプローチ」を提供します。

定期的な医学的評価とモニタリング体制

訪問診療の基本は、医師や看護師が患者さんのご自宅へ定期的に訪問し、診察や健康チェックを行うことです。

サルコペニア・フレイルの管理においては、血圧や脈拍といったバイタルサインの確認に加え、体重の変動、皮膚の状態(褥瘡の有無)、むくみ、呼吸状態などを詳細に観察します。

また、定期的に握力や歩行速度を測定し、介入による効果が出ているかを客観的にモニタリングします。

血液検査を行い、栄養状態(特にアルブミン値や総たんぱく)や、基礎疾患の状態を数値で把握することも重要です。

この継続的な医学的モニタリングにより、計画が順調に進んでいるか、あるいは計画の見直しが必要かを判断します。

患者さん個々の生活環境に合わせた個別プラン

在宅療養の状況は、患者さんごとに千差万別です。

住まいの環境(集合住宅か戸建てか、階段の有無)、介護力(同居家族の有無、介護への習熟度)、経済的な状況、そして何よりも患者さんご本人の価値観や希望が異なります。

訪問診療によるアプローチでは、これらの個別性を最大限に尊重します。

例えば、運動療法を計画する際も、ご本人が「外を歩きたい」という希望が強ければ、安全に外出できる方法を模索しますし、「家の中で静かに過ごしたい」という希望であれば、ベッドサイドや居間でできる運動を中心に指導します。

栄養指導も、ご家族が調理困難であれば、調理済みの栄養補助食品や配食サービスの活用を提案するなど、画一的ではない、その人だけの「オーダーメイドのケアプラン」を作成します。

病院・介護施設との密な医療連携

訪問診療クリニックは、在宅医療の「司令塔」としての役割も担います。患者さんが安定した在宅療養を送るためには、地域の多様な医療・介護サービスが連携し、情報を共有する体制が必須です。

訪問診療医は、患者さんの主治医として、ケアマネジャーが作成するケアプランに医学的な助言を行います。

また、訪問看護ステーション、訪問リハビリテーション事業所、薬局、デイサービス、ショートステイなどの介護施設と日常的に連絡を取り合い、患者さんの状態変化や服薬状況、日中の活動の様子などを共有します。

もし患者さんの状態が急変したり、在宅では対応困難な専門的な検査や治療が必要になったりした場合は、地域の連携病院(後方支援病院)と速やかに連絡を取り、スムーズな入院や受診の手配を行います。

在宅包括ケアにおける連携の例

連携先主な役割訪問診療との連携内容
ケアマネジャー介護プランの作成・調整医学的見地からのプラン助言、情報共有
訪問看護日常の医療処置、健康管理医師の指示に基づく処置、状態の密な報告
地域の病院専門的検査、急性期治療緊急時の入院手配、退院後の在宅移行支援

在宅での栄養状態の把握と改善指導

サルコペニア・フレイル改善の柱の一つが栄養です。訪問診療では、医師や看護師、特に在宅訪問が可能な管理栄養士が、患者さんの栄養状態を専門的に評価します。

診察室での問診だけでは分からない、実際の食生活を把握できるのが在宅訪問の強みです。

食事の準備を誰がしているのか、どのような食材を購入しているのか、1回の食事量や摂取にかかる時間はどのくらいか、義歯(入れ歯)の状態は合っているかなどを直接確認します。

その上で、患者さんやご家族が実行可能なたんぱく質やエネルギーの補給方法を具体的に指導します。

例えば、「毎食に卵や豆腐を1品加える」「おやつにヨーグルトやチーズを摂る」「市販の栄養補助飲料を上手に利用する」など、すぐに実践できるアドバイスを行います。

訪問リハビリテーションとの協働

栄養と並ぶもう一つの柱が運動です。

訪問診療クリニックの医師がリハビリテーションの必要性を判断した場合、訪問リハビリテーション事業所と連携し、理学療法士(PT)や作業療法士(OT)に在宅でのリハビリを依頼します。

訪問リハビリでは、患者さんの現在の筋力や関節の状態、安全性を評価した上で、個別の運動プログラムを作成します。

医師はリハビリ専門職と定期的にカンファレンスを開き、患者さんの疾患(心不全や呼吸器疾患など)を考慮し、運動の強度や内容が医学的に安全かつ効果的であるかを協議・調整します。

この医師の医学的管理下で行うリハビリテーションが、在宅での安全な機能改善を支えます。

訪問診療クリニックが提供する具体的改善プログラム

訪問診療チームは、医学的な知見に基づき、在宅で安全かつ効果的にサルコペニア・フレイルを改善するための具体的なプログラムを計画・実行します。栄養、運動、医療管理の三本柱が基本となります。

たんぱく質・エネルギー補給を重視した栄養療法

筋肉の材料となる「たんぱく質」と、活動の源となる「エネルギー(カロリー)」の摂取は、サルコペニア改善に不可欠です。

高齢になると、食が細くなったり、さっぱりしたものを好んだりするため、両者とも不足しがちです。

訪問診療では、まず患者さんが1日に必要なたんぱく質量(一般的に体重1kgあたり1.0g以上、状態によっては1.2〜1.5g)とエネルギー量を計算します。

その上で、現在の食事内容と比較し、不足分を補う方法を検討します。

3度の食事だけで補うのが難しい場合は、栄養補助食品(高たんぱくゼリー、飲料、プロテインパウダーなど)の活用を積極的に推奨します。

これらは訪問診療医が処方(指示)できる場合もあり、患者さんの嗜好や嚥下機能に合わせて選択します。

たんぱく質を手軽に補う食品例

食品カテゴリー手軽な食品例活用のヒント
乳製品ヨーグルト、チーズ、牛乳間食やおやつの時間に摂る
大豆製品豆腐、納豆、豆乳いつもの食事に1品追加する
その他卵、ツナ缶、サバ缶調理の手間なくすぐに食べられる

栄養補給のポイント

  • 1日3食、欠食しない
  • 毎食たんぱく質(肉・魚・卵・大豆)を摂る
  • 間食(おやつ)も栄養補給の機会と捉える

在宅でできる安全な運動療法の指導

栄養状態が改善しても、運動をしなければ筋肉は作られません。在宅での運動療法は、転倒リスクを管理しながら、安全に「継続できる」ことが最も重要です。

訪問リハビリの専門職や、訓練を受けた看護師が、患者さんの状態に合わせて無理のない運動を指導します。基本となるのは、下肢の大きな筋肉を鍛える「レジスタンス運動(筋力トレーニング)」です。

例えば、椅子に座った状態での膝伸ばし運動、椅子からの立ち座り運動(スクワット)、ベッド上での足踏み運動など、在宅の環境にあるものを利用して安全に行える運動を指導します。

これらの運動は、週に2〜3回程度、少しきついと感じる強度で行うことが推奨されます。

在宅での運動例と頻度の目安

運動の種類具体的な動作例頻度・回数の目安
レジスタンス運動椅子からの立ち座り10回×1〜3セット、週2〜3回
有酸素運動室内や廊下の歩行5〜10分、可能な範囲で毎日
バランス運動つかまり立ちでの片足立ち各足1分、毎日

運動の指導と同時に、医師は患者さんの心臓や肺の疾患が悪化しないよう、運動の負荷量を医学的に管理します。

適切な薬物療法による基礎疾患の管理

サルコペニアやフレイルは、背景にある慢性疾患(基礎疾患)の影響を強く受けます。

例えば、心不全や慢性閉塞性肺疾患(COPD)があると、息切れやだるさから活動量が低下し、サルコペニアが進行しやすくなります。

訪問診療医は、これらの基礎疾患の状態を安定させることが、サルコペニア・フレイル改善の大前提であると考えます。

定期的な診察と投薬管理を通じて、心不全の悪化を防ぎ、呼吸器症状をコントロールします。

また、痛みが原因で動けない患者さんには適切な鎮痛薬を調整し、食欲不振が続く場合には食欲を増進させる薬剤を検討するなど、栄養摂取や運動を妨げている要因を医学的に取り除くことも、薬物療法の重要な役割です。

定期的な体組成・筋力測定によるモニタリング

栄養療法と運動療法の効果を客観的に評価し、患者さんやご家族と共有することは、改善へのモチベーションを維持するために非常に重要です。

訪問診療では、定期的に「握力測定」や「歩行速度の計測」を行います。これらはサルコペニアの診断基準であり、改善の指標ともなります。

例えば、「先月より握力が1kg強くなった」「5m歩くのにかかる時間が1秒縮まった」といった具体的な数値の改善は、ご本人や介護者の大きな励みになります。

また、訪問診療に持ち運び可能な「体組成計」を導入しているクリニックもあります。この体組成計により、体重だけでなく、筋肉量や体脂肪率の変動を在宅で測定できます。

「体重は変わらないが、筋肉量が増えて体脂肪が減った」といった、より詳細な変化を把握することが可能になり、ケアプランの微調整に役立てます。

多職種連携による継続的サポート体制

在宅でのサルコペニア・フレイル改善は、医師一人の力では成し遂げられません。

患者さんの生活を支える多様な専門職がチームとして機能し、情報を共有し合う「多職種連携」こそが、在宅包括ケアの核心です。

医師・看護師・管理栄養士によるチーム医療

訪問診療クリニックの内部でも、密なチーム医療を実践します。

医師は全体の医学的管理と方針決定を行い、看護師は日々の健康状態の観察、医療処置、そして患者さんやご家族の精神的な支えとなります。

特にサルコペニア・フレイル対策において重要な役割を担うのが「管理栄養士」です。

在宅訪問を行う管理栄養士は、医師の指示のもと、専門的な栄養アセスメントを行い、患者さんの嚥下機能や嗜好、介護者の調理能力まで考慮した栄養指導計画を立案します。

医師・看護師・管理栄養士が定期的にカンファレンスを開き、それぞれの専門的視点から患者さんの状態を評価し、治療方針を共有します。

クリニック内の主なチーム連携

  • 医師:全体方針の決定、基礎疾患の管理
  • 看護師:バイタルチェック、処置、精神的ケア
  • 管理栄養士:専門的栄養評価、食事指導

ケアマネジャー・介護スタッフとの情報共有

在宅療養生活において、介護サービスは医療サービスと並ぶ両輪です。患者さんの介護プランを設計するケアマネジャー(介護支援専門員)は、多職種連携の中心的な調整役です。

訪問診療医は、ケアマネジャーと定期的に情報を交換し、患者さんの医学的状態の変化を伝えます。

この情報に基づき、ケアマネジャーはデイサービスの利用回数の調整や、ヘルパーの介入内容(例えば、たんぱく質を意識した調理の依頼など)の見直しを行います。

また、日常的に患者さんと接する訪問介護スタッフ(ヘルパー)や、デイサービスのスタッフから得られる「日中の活動の様子」や「食事の摂取状況」といった情報は、訪問診療チームにとって非常に貴重な判断材料となります。

これらの情報を連携ノートやICTツールを通じてリアルタイムで共有することが、質の高い在宅ケアにつながります。

医療と介護の連携がもたらす効果

情報共有の例医療側(訪問診療)の対応介護側(ケアマネ等)の対応
「食事のむせが増えた」嚥下機能の評価、食事形態の指示ヘルパーへの調理法指示、とろみ剤の導入
「転倒しそうになった」筋力・バランス評価、運動療法の見直し手すり設置などの環境整備、見守り強化

ご家族への介護指導とメンタルサポート

在宅療養は、ご家族の介護力によって支えられている側面が大きくあります。サルコペニアやフレイルが進行すると、移乗や排泄の介助量が増え、介護するご家族の身体的・精神的な負担が増大します。

訪問診療チームは、患者さんご本人だけでなく、介護するご家族もサポートの対象と考えます。

訪問看護師は、ご家族が安全に介護できるような具体的な介助方法(ボディメカニクスを活用した移乗方法など)を指導し、介護負担の軽減を図ります。

また、日々の介護に対する不安や悩み、ストレスを傾聴し、精神的なサポート(メンタルサポート)を行うことも重要な役割です。

ご家族が「介護疲れ」で共倒れになることを防ぐため、時にはショートステイなどのレスパイト(休息)ケアの利用をケアマネジャーと連携して提案することも、在宅療養を長く続けるためには必要です。

介護者の負担軽減のための視点

サポートの種類具体的な内容例
身体的負担の軽減安全な介助技術の指導、福祉用具(リフトなど)の導入提案
精神的負担の軽減介護の悩みや不安の傾聴、介護者自身の健康相談
社会的負担の軽減介護保険サービス(ショートステイ等)の利用促進

サルコペニア・フレイルの在宅ケアに関するよくある質問

ここでは、サルコペニアやフレイルの在宅ケア、訪問診療の利用に関して、患者さんやご家族からよく寄せられる質問にお答えします。

訪問診療はどのような人が対象になりますか?

訪問診療は、お一人での通院が困難な方が対象となります。

例えば、寝たきりの状態の方、歩行に介助が必要でご家族の付き添いなしでは通院できない方、認知症があり通院の管理が難しい方、在宅で医療機器(酸素濃縮器など)を使用して療養中の方などです。

サルコペニアやフレイルが進行し、外出が困難になった場合も対象となります。年齢や疾患に関わらず、まずはご相談いただくことが大切です。

運動や栄養指導だけをお願いすることもできますか?

訪問診療は、あくまでも通院困難な方に対する「医学的管理・治療」が主たる目的です。

したがって、運動療法や栄養指導は、医師による診察と医学的管理(基礎疾患の治療や全身状態の把握)とセットで行うのが基本です。

ただし、サルコペニア・フレイルの改善は医学的管理の重要な一部ですので、医師の診察の結果、それらの介入が治療計画の中心となることは十分にあります。

家族だけで介護するのが難しくなってきたらどうすればよいですか?

在宅療養は、ご家族だけで抱え込むものではありません。まずは、担当のケアマネジャー、あるいは訪問診療クリニックの医師や看護師にご相談ください。

介護の負担が大きくなっている原因(例えば、患者さんのADL低下、認知機能の低下、ご家族の疲労など)を評価します。

その上で、介護保険サービスの利用(訪問介護の回数を増やす、デイサービスやショートステイを利用する)や、福祉用具の導入、あるいは一時的な入院(レスパイト入院)なども含めて、ご家族の負担を軽減する方法を一緒に考えます。

病院での治療と訪問診療はどう違うのですか?

病院(特に急性期病院)での治療は、肺炎や骨折、心不全の急性増悪など、集中的な検査や治療、手術が必要な状態に対応することが主な役割です。

一方、訪問診療は、患者さんの病状が比較的安定している時期(慢性期)や、人生の最終段階(終末期)において、ご自宅という生活の場で医療的管理を継続することが役割です。

病気を「治す」医療だけでなく、病気と付き合いながら生活の質を「支える」医療が中心となります。

どのくらいの期間で改善が見込めますか?

サルコペニアやフレイルの改善にかかる期間は、患者さんご本人の元々の体力、基礎疾患の状態、栄養状態、そして介入(栄養・運動)への取り組み度合いによって大きく異なります。

数週間で明らかな変化が見られる場合もあれば、数ヶ月単位でゆっくりと改善していく場合もあります。大切なのは、焦らずに継続することです。

訪問診療チームは、定期的な評価を通じて小さな変化を見逃さず、患者さんのモチベーション維持をサポートします。

今回の内容が皆様のお役に立ちますように。
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この記事を書いた人

新井 隆康のアバター 新井 隆康 富士在宅診療所 院長

医師
医療法人社団あしたば会 理事長
富士在宅診療所 院長
順天堂大学医学部卒業(2001)
スタンフォード大学ポストドクトラルフェロー
USMLE/ECFMG取得(2005)
富士在宅診療所開業(2016)

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