アルコール関連疾患の早期対応 – 家族と医療機関の連携による支援体制

アルコール関連疾患の早期対応 - 家族と医療機関の連携による支援体制

アルコールは私たちの生活に身近な存在ですが、その付き合い方を誤ると心身に深刻な影響を及ぼすリスクがあります。

ご家族の中に「最近、お酒の量が増えた」「飲酒が原因で問題が起きている」と感じる方はいませんか。

この記事では、アルコールが引き起こす様々な疾患やその危険な兆候、問題が深刻化する前にご家族ができること、そして医療機関とどのように連携して支援体制を築いていくかを詳しく解説します。

目次

アルコール関連疾患の基礎知識と早期発見のポイント

アルコールは適量であれば血行を良くするなどの良い面もありますが、長期にわたる過剰な摂取は、身体の様々な臓器にダメージを与え、精神的な問題を引き起こす原因ともなります。

ここでは、アルコールが原因で起こる病気の種類や、その初期症状、そしてご家族が早期に問題を発見するための観察点について解説します。

問題が小さいうちに気づき、対応を始めることが、ご本人とご家族の未来にとって非常に重要です。

アルコール関連疾患の種類と症状

アルコールの過剰摂取は、肝臓だけでなく、全身にわたる多様な疾患の原因となります。

身体的な疾患と精神的な疾患に大別でき、それぞれが複雑に絡み合って症状を悪化させることも少なくありません。

特に高齢者の場合、加齢による身体機能の低下と相まって、少量のアルコールでも深刻な状態に陥るリスクが高まります。

身体的な疾患としては、アルコールの分解を担う肝臓の病気がよく知られています。脂肪肝から始まり、アルコール性肝炎、さらには肝硬変や肝がんへと進行する可能性があります。

また、膵臓にも炎症(膵炎)を引き起こし、激しい腹痛や消化不良の原因となります。心臓や血管への影響も大きく、高血圧、不整脈、心筋症などのリスクを高めます。

精神的な疾患では、アルコール依存症が最も代表的です。飲酒をコントロールできなくなり、飲んでいないと落ち着かない、手の震えや発汗といった離脱症状(禁断症状)が現れます。

また、長期の飲酒は脳を萎縮させ、アルコール性認知症を引き起こすこともあります。うつ病や不安障害を併発したり、悪化させたりするケースも多く見られます。

主なアルコール関連身体疾患

疾患名主な初期症状関連する部位
アルコール性肝疾患だるさ、食欲不振、黄疸肝臓
急性・慢性膵炎激しい腹痛、背中の痛み膵臓
心血管疾患動悸、息切れ、高血圧心臓・血管

早期発見のための観察ポイント

アルコール関連の問題は、本人が自覚しないまま静かに進行することが多いものです。そのため、共に生活するご家族の「気づき」が早期発見の鍵を握ります。

日々の暮らしの中で、以前とは違う小さな変化に注意を向けることが大切です。

例えば、飲酒量の変化は最も分かりやすいサインです。飲むお酒の種類が変わったり、飲むペースが速くなったり、夜だけでなく朝や昼間から飲むようになったりした場合は注意が必要です。

また、飲酒に関連する行動の変化も見逃せません。お酒を買い置きする量が増える、お酒が切れると不安そうになる、といった様子が見られることがあります。

身体的なサインとしては、顔色が悪い、顔や手がむくんでいる、手の震え、転びやすくなる、といった変化が挙げられます。これらは肝機能の低下や神経への影響を示している可能性があります。

ご家族だからこそ気づける日々の変化を、客観的に観察することが求められます。

日常生活における変化の観察ポイント

観察項目具体的な変化の例考えられる背景
飲酒の量や頻度飲む量が増えた、毎日飲むようになった耐性の形成、精神的依存
行動の変化怒りっぽくなった、約束を忘れるアルコールの脳への影響
身体的なサイン顔色が悪い、よく転ぶ、手の震え内臓疾患、神経障害

家族が気づくべき危険信号

単に飲酒量が増えたというだけでなく、より深刻な問題を示唆する「危険信号」があります。

これらのサインが見られた場合、アルコールへの依存が進行している可能性が高く、専門的な介入が必要な段階かもしれません。

一つは、飲酒に関する「隠ぺい」や「嘘」です。

お酒を隠れて飲む、飲んだ量を少なく言う、空き瓶をこっそり捨てるといった行動は、本人が飲酒に問題意識を感じつつも、やめられない状態にあることを示しています。

また、飲酒が原因で社会生活に支障が出始めるのも危険信号です。

仕事の遅刻や欠勤が増える、趣味や人付き合いへの関心がなくなる、家族との口論が絶えない、といった状況は、飲酒が生活の中心になっている証拠です。

さらに、飲酒を注意されると激しく怒ったり、不機嫌になったりするのも特徴的な反応です。これは、飲酒の問題を指摘されることへの強い抵抗感の表れです。

これらの危険信号に気づいたら、家族だけで解決しようとせず、専門家へ相談することを検討する時期と言えるでしょう。

特に注意すべき危険なサイン

  • 隠れて飲酒する
  • 飲酒について嘘をつく
  • 飲酒を注意されると怒る
  • 朝から飲酒する(迎え酒)
  • 飲酒が原因のトラブル(仕事、人間関係)

医療機関での診断プロセス

ご家族が「おかしい」と感じ、本人を説得して医療機関を受診した場合、あるいは訪問診療を依頼した場合、医師はいくつかの方法でアルコール関連疾患の診断を行います。

診断は、ご本人の状態を客観的に把握し、適切な治療方針を立てるための第一歩です。

まず行われるのが問診です。いつから、どのくらいの量のお酒を、どのような状況で飲んでいるか、生活の中でどのような問題が起きているかなどを詳しく聞き取ります。

ご家族から見た本人の様子も、診断の重要な情報源となります。

次に、身体の状態を調べるために血液検査や画像検査を行います。血液検査では、γ-GTPなどの肝機能を示す数値や、栄養状態などを確認します。

これらの数値は、飲酒による身体へのダメージを客観的に示します。腹部超音波(エコー)検査やCT検査などの画像検査では、肝臓の脂肪沈着や腫れ、膵臓の状態などを直接観察できます。

これらの検査は、訪問診療の体制が整っているクリニックであれば、ご自宅で実施可能な場合もあります。

主な検査項目とその目的

検査の種類目的わかること
問診飲酒状況や生活への影響を把握する依存の程度、合併する精神症状
血液検査内臓へのダメージを数値で評価する肝機能、腎機能、栄養状態
画像検査臓器の形態的な変化を直接確認する脂肪肝、肝硬変、膵炎の有無

家族による初期対応と支援方法

ご家族がアルコールの問題に気づいたとき、どのように行動すればよいのでしょうか。焦りや不安から、本人を責めたり、感情的に問い詰めたりすることは、かえって状況を悪化させかねません。

冷静かつ適切に対応することが、本人を治療へとつなげるための重要な鍵となります。ここでは、ご家族の役割や本人との関わり方、緊急時の対応について解説します。

家族の役割と責任範囲

ご家族は、本人が治療に向かうための最も重要な支援者です。しかし、支援者であることと、本人の問題をすべて肩代わりすることは違います。

アルコールの問題を解決する主体は、あくまで本人自身です。

ご家族の役割は、本人が自らの問題に気づき、治療を受ける決心をするための「きっかけ」を作り、治療が始まった後も寄り添い、支えることです。

一方で、責任の範囲を明確にすることも大切です。

本人が飲酒によって引き起こした問題の後始末(借金の返済、仕事先への謝罪など)をすべて家族がしてしまうと、本人は問題の深刻さを自覚する機会を失い、依存を長引かせる原因になり得ます。

これを「イネーブリング(支え行動)」と呼び、良かれと思ってしたことが裏目に出る典型的な例です。

ご家族は、本人の治療に協力はするものの、本人が負うべき責任まで背負わないという線引きが重要です。

患者との適切なコミュニケーション方法

本人に問題を伝える際は、伝え方が非常に重要です。感情的に「いい加減にして!」と非難したり、「なぜ飲むの?」と問い詰めたりしても、本人は心を閉ざし、反発するだけです。

大切なのは、本人を主語にするのではなく、自分(家族)を主語にして気持ちを伝える「アイ・メッセージ」という手法です。

「あなた(You)は飲みすぎだ」ではなく、「私(I)は、あなたがお酒をたくさん飲んでいると、あなたの体のことがとても心配になる」というように伝えます。

この方法により、相手は非難されたと感じにくく、話を聞き入れる余地が生まれます。

また、話をするタイミングも重要です。本人が酔っているときは、理性的で建設的な話し合いはできません。シラフの状態で、お互いが落ち着いている時間帯を選びましょう。

一度で分かってもらおうとせず、根気強く、繰り返し伝える姿勢が求められます。

本人との対話における工夫

良い伝え方(例)避けるべき伝え方(例)その理由
「あなたの体が心配だよ」「また飲んでるの?」相手を思いやる気持ちが伝わりやすい
「一緒に病院へ相談に行かない?」「病院へ行きなさい!」本人の意思を尊重し、協力を促す姿勢
事実を具体的に伝える「いつもそうだ」と人格を否定する問題行動そのものに焦点を当てられる

緊急時の対応手順

アルコール関連の問題では、時に緊急の対応が必要な事態が発生します。

例えば、多量の飲酒によって意識が混濁している、転倒して頭を強く打った、お酒が切れたことで幻覚や幻聴、激しい手の震え(振戦せん妄)といった重い離脱症状が出ている、といった場合です。

また、「死にたい」と口にする、暴力や暴言が激しく、家族や自分自身を傷つける恐れがある場合も、緊急事態と判断すべきです。

このような状況では、ためらわずに救急車(119番)を呼んでください。ご家族だけで対応しようとすると、危険が伴います。

救急隊に連絡する際は、アルコールの問題を抱えていることを正直に伝えることが重要です。その情報があることで、搬送先の病院選定や、到着後の対応がスムーズになります。

状況によっては、警察(110番)への連絡が必要になるケースもあります。日頃から、かかりつけ医や地域の相談機関の連絡先をまとめておくと、いざという時に落ち着いて行動できます。

緊急連絡先リストの例

  • 救急車:119番
  • 警察:110番
  • かかりつけ医・訪問診療クリニック
  • 地域の精神保健福祉センター

医療機関との効果的な連携体制

アルコール関連疾患の治療は、ご本人とご家族だけで乗り越えるのは非常に困難です。

医師や看護師、その他の専門職と協力し、チームとして本人を支える体制を築くことが、回復への着実な一歩となります。

ここでは、身近な医療機関から専門機関まで、どのように連携し、支援体制を構築していくかについて具体的に解説します。

かかりつけ医との連携方法

多くの人にとって、最も身近な医療の相談相手は「かかりつけ医」でしょう。高血圧や糖尿病などの持病で定期的に通院している場合、まずはその医師に相談するのが良い方法です。

かかりつけ医は、ご本人の普段の健康状態や生活背景をよく理解しています。

相談する際は、ご家族から見た本人の飲酒状況(いつから、どのくらいの量を飲んでいるか)、生活の変化、心配な症状などを具体的に、そして正直に伝えてください。

メモにまとめておくと、伝え漏れがありません。かかりつけ医は、まず身体的な診察や血液検査を行い、アルコールが健康に及ぼしている影響を評価します。

その上で、専門的な治療が必要と判断した場合は、適切な専門医療機関を紹介してくれます。かかりつけ医というワンクッションを置くことで、ご本人も専門医療への抵抗感が和らぐことがあります。

訪問診療クリニックの活用

「本人が病院に行きたがらない」「足腰が弱っていて通院が難しい」といったケースは少なくありません。特に高齢者の場合、外出自体が大きな負担となります。

このような場合に大きな力となるのが、医師や看護師が自宅を訪問して診療を行う「訪問診療」です。

訪問診療では、ご自宅という慣れた環境で、定期的な診察、血液検査、薬の処方など、外来とほぼ同等の医療を受けることができます。

アルコールの問題についても、療養環境を直接見ながら、ご本人やご家族からの相談に応じ、治療計画を立てていきます。

ご家族にとっては、通院の付き添いという負担が軽減されるだけでなく、日頃の悩みや不安をその場で相談できるという精神的なメリットも大きいでしょう。

医療者が定期的に関わることで、ご本人の孤立を防ぎ、治療の継続につながりやすくなります。

訪問診療で受けられる支援の例

支援内容具体例家族のメリット
定期的・計画的な診療月2回程度の訪問、診察、健康管理通院の負担軽減、安定した治療継続
薬の管理・処方断酒補助薬の処方、副作用の確認服薬状況の確認、飲み忘れ防止
療養上の相談・指導生活習慣の助言、家族からの相談対応専門的な助言、精神的負担の軽減

専門医療機関への紹介タイミング

アルコール依存症が進行している場合や、重い離脱症状、精神症状(幻覚、うつなど)が見られる場合は、アルコール専門の治療を行っている精神科病院やクリニックでの治療が必要です。

かかりつけ医や訪問診療医は、その必要性を判断し、適切なタイミングで専門医療機関へ紹介する役割を担います。

紹介のタイミングは、例えば、外来や在宅での管理だけでは飲酒のコントロールが困難な場合、安全に断酒を行うために入院治療(解毒治療)が必要と判断される場合などです。

専門医療機関では、薬物療法だけでなく、精神療法やリハビリテーションプログラム(自助グループへの参加など)を組み合わせた、より集中的な治療を行います。

かかりつけ医や訪問診療医は、紹介先の専門医と連携を取り、治療方針や経過について情報を共有しながら、退院後の在宅療養をスムーズに引き継ぐための橋渡し役も務めます。

多職種チームでの情報共有

アルコール関連疾患を持つ方の支援は、一人の医師だけで完結するものではありません。

医師、看護師、薬剤師、ケアマネージャー、ソーシャルワーカーなど、様々な専門職がチームとなって関わることが、質の高い支援につながります。

例えば、訪問診療の場面では、医師が診察して治療方針を決定し、看護師が日々の健康状態のチェックや服薬の支援、家族からの相談対応を行います。

薬の管理については薬剤師が専門的な助言をし、介護サービスの利用が必要であればケアマネージャーが計画を立てます。

これらの専門職が、それぞれの立場から得た情報を密に共有し、一つのチームとして同じ目標に向かってご本人とご家族を支えます。

この多職種連携により、医療的な側面だけでなく、生活面や心理面、社会的な側面からも包括的なサポートを提供することが可能になります。

在宅での継続的ケアと管理

専門医療機関での治療を終えたり、訪問診療で治療を開始したりした後、重要になるのが在宅での生活をいかに安定させるかです。

飲酒しない生活を続けるためには、ご本人の努力はもちろん、ご家族の協力と医療者の継続的なサポートが欠かせません。

ここでは、在宅での治療計画や服薬管理、安全な生活環境づくりについて解説します。

在宅医療における治療計画

在宅でのケアは、場当たり的に行うのではなく、明確な治療計画に基づいて進めます。この計画は、医師がご本人やご家族と話し合いながら作成します。

計画には、治療の最終的な目標(完全な断酒、あるいは飲酒量を減らす節酒など)や、そこに至るまでの中間目標を具体的に設定します。

例えば、「最初の1ヶ月は、週に1日の休肝日を設ける」「次の目標は、夕食以外の時間には飲まないようにする」といった、達成可能な小さな目標を積み重ねていくことが、ご本人の意欲を維持する上で効果的です。

訪問診療では、この計画の進捗状況を定期的に評価し、必要に応じて目標を修正していきます。ご家族もこの計画を共有し、本人の努力を認め、励ますことが大切な役割となります。

服薬管理と副作用モニタリング

アルコール依存症の治療では、飲酒欲求を抑える薬(抗渇望薬)や、飲酒すると不快な症状を引き起こす薬(抗酒薬)が用いられることがあります。

これらの薬は、医師の指示通りに正しく服用を続けることが治療の要です。

しかし、ご本人の判断で服薬を中断してしまったり、飲み忘れたりすることも少なくありません。

ご家族は、服薬カレンダーやお薬ケースを活用して飲み忘れを防ぐ工夫をしたり、「お薬飲んだ?」と優しく声をかけたりするなどのサポートができます。

訪問看護師が定期的に訪問し、服薬の管理を手伝うことも可能です。

また、薬には副作用が伴う場合があります。眠気、吐き気、肝機能への影響など、薬によって様々な副作用が考えられます。

訪問診療の医師や看護師は、定期的に副作用の有無を確認し、症状が見られる場合は薬の調整を行います。

ご家族も、本人の様子に変わったことがないか気を配り、気づいたことがあればすぐに医療者に伝えることが重要です。

服薬管理を助ける工夫

工夫の例具体的な方法期待される効果
お薬カレンダー曜日・時間帯ごとに薬をセットする飲み忘れ、飲み間違いの防止
一包化薬局で1回分ずつパックしてもらう管理の簡素化、服薬の負担軽減
声かけ家族や訪問看護師が時間になったら促す服薬習慣の定着

生活環境の整備と安全対策

アルコールによる影響は、ふらつきや判断力の低下を引き起こし、在宅での転倒や事故のリスクを高めます。

特に高齢者の場合、転倒が骨折につながり、寝たきりの原因になることもあります。安全に生活できる環境を整えることが非常に大切です。

まず、家の中にアルコールを置かないことが基本です。ご家族も本人の前では飲酒を控える配慮が求められます。

次に、転倒予防策として、床に物を置かない、滑りやすいマットは撤去する、足元を照らす常夜灯をつける、といった工夫が有効です。浴室やトイレには手すりを設置することも検討しましょう。

これらの環境整備は、介護保険の住宅改修サービスを利用できる場合があります。

また、火の元の管理も重要です。飲酒後の喫煙や調理は火災のリスクが非常に高いため、コンロをガス式からIH式に変更する、自動消火装置を取り付けるなどの対策も有効です。

在宅での安全対策チェックリスト

  • 家の中にアルコールを置かない
  • 床の障害物を取り除く
  • 手すりの設置を検討する
  • 火の元の安全を確認する

定期的な健康状態評価

在宅でのケアが始まっても、それで終わりではありません。アルコールが身体に与えたダメージは、すぐには回復しないことも多く、定期的に健康状態を評価し続けることが必要です。

訪問診療では、定期的な診察や血液検査を通じて、肝機能や栄養状態などの身体的な回復度合いを確認します。

同時に、精神的な状態の評価も重要です。飲酒欲求の強さ、気分の落ち込み、睡眠の状態などについてご本人から話を聞き、精神的な安定を保てるように支援します。

ご家族から見た本人の様子の変化も、客観的な評価のための貴重な情報です。これらの定期的な評価に基づいて治療計画を見直し、その時々の状態に合わせた最適なケアを提供していきます。

家族の負担軽減策

アルコール問題を抱える方を在宅で支えるご家族には、身体的にも精神的にも大きな負担がかかります。ご家族が疲れ果てて共倒れになってしまっては、元も子もありません。

ご家族自身の健康と生活を守るための工夫も、在宅ケアを続ける上で非常に重要です。

介護保険サービスを利用している場合は、ショートステイ(短期入所生活介護)などを利用して、ご家族が休息を取る時間を意識的に作ることが大切です。

これを「レスパイト(休息)」と呼びます。また、ご家族自身の悩みを吐き出せる場所を持つことも重要です。

訪問診療の医師や看護師に相談するほか、地域の保健所や精神保健福祉センター、後述する家族会などに参加し、同じ悩みを持つ人々と気持ちを分かち合うことも、大きな支えになります。

社会資源の活用と長期的支援

アルコール関連疾患からの回復は、医療機関の力だけで成し遂げられるものではありません。

公的な制度や地域の様々なサービス、同じ悩みを持つ人々の集まりなど、利用できる「社会資源」を最大限に活用することが、長期にわたる安定した生活につながります。

ここでは、どのような社会資源があり、どう活用すればよいのかを解説します。

介護保険制度の利用方法

65歳以上の方、または40歳以上65歳未満で特定の病気(アルコール性認知症などが該当する場合がある)を持つ方は、市区町村に申請して要介護・要支援認定を受けることで、介護保険サービスを利用できます。

アルコール関連の問題を抱える方の在宅生活を支える上で、介護保険は強力な味方になります。

例えば、ヘルパーが自宅を訪問して身の回りの世話や家事を行う「訪問介護」、看護師が訪問して医療的なケアを行う「訪問看護」、日帰りで施設に通いリハビリや他者との交流の機会を持つ「デイケア(通所リハビリテーション)」など、様々なサービスがあります。

また、前述した手すりの設置や段差解消などの住宅改修や、ベッド・車いすなどの福祉用具のレンタルにも介護保険が適用されます。

どのサービスが必要かは、ケアマネージャーがご本人やご家族と相談しながらケアプランを作成してくれます。

介護保険で利用できるサービスの例

サービス種別内容の例利用のメリット
訪問系サービス訪問介護、訪問看護、訪問入浴自宅での生活継続、家族の負担軽減
通所系サービスデイサービス、デイケア生活リズムの確立、社会的孤立の防止
福祉用具・住宅改修ベッドのレンタル、手すりの設置安全な在宅環境の整備

地域包括支援センターとの連携

「どこに相談したらいいかわからない」という場合に、最初の相談窓口として頼りになるのが「地域包括支援センター」です。

これは、高齢者の保健・福祉・医療に関する総合相談窓口で、全国の市区町村に設置されています。

地域包括支援センターには、保健師、社会福祉士、主任ケアマネージャーなどの専門職が配置されており、アルコールの問題を含め、高齢者の生活に関するあらゆる相談に無料で応じてくれます。

介護保険の申請手続きの支援や、必要なサービス機関の紹介、成年後見制度の利用相談など、その役割は多岐にわたります。

ご家族だけで抱え込まず、まずは地域包括支援センターに電話を一本入れてみることが、解決への道を開くきっかけになるかもしれません。

患者会・家族会の活用

同じ悩みや経験を持つ人々との出会いは、大きな力になります。アルコールの問題においては、ご本人のための「患者会(自助グループ)」と、ご家族のための「家族会」があります。

代表的な自助グループとしては「断酒会」や「AA(アルコホーリクス・アノニマス)」が全国各地で活動しています。

そこでは、参加者が自らの体験を語り、互いに聞き合うことを通じて、飲まない生き方を継続するための知恵や勇気を得ています。

一方、家族会(「アラノン」など)は、アルコールの問題を抱える人の家族が集う場所です。

ご家族は、これまで誰にも言えなかった苦しみや悩みを安心して打ち明け、共感を得ることで、精神的な負担を軽くすることができます。

また、他の家族の経験談から、本人への適切な対応方法を学ぶこともできます。これらの会は、医療機関とはまた違う形で、回復を支える重要な社会資源です。

支援団体を探す際のキーワード例

  • お住まいの地域名+断酒会
  • AA+日本
  • アラノン+家族会
  • 精神保健福祉センター+相談

よくある質問

ここでは、アルコール関連疾患について、ご家族から寄せられることの多い質問とその回答をまとめました。同様の疑問や不安を抱えている方の参考になれば幸いです。

本人が治療を拒否している場合はどうすればよいですか?

ご本人が治療を頑なに拒否している状況は、ご家族にとって非常につらいものです。

しかし、無理やり病院に連れて行こうとしたり、飲酒を厳しく責めたりすることは、本人の反発を強め、かえって事態をこじらせる原因になります。

このような場合は、まずご家族が先に専門機関に相談することが重要です。

地域の精神保健福祉センターや保健所、アルコール問題に対応している医療機関の相談室、家族会などに連絡を取り、専門家の助言を仰ぎましょう。

専門家は、ご家族の対応方法について具体的なアドバイスをくれるほか、状況に応じて本人への介入(本人に接触し、治療を促すこと)を一緒に考えてくれます。

ご家族が一人で悩まず、外部の支援を求めることが第一歩です。

訪問診療ではどのような治療ができますか?

訪問診療では、ご自宅という生活の場で、継続的な医療を提供します。

具体的には、定期的な診察による健康状態の管理、アルコールによる内臓への影響を調べるための血液検査、飲酒欲求を抑える薬などの処方と服薬管理が中心となります。

また、療養生活における不安や悩みについてのご本人やご家族からの相談に応じ、精神的なサポートを行うことも重要な役割です。

重度の離脱症状がある場合や、集中的な精神療法が必要な場合は、入院設備のある専門医療機関と連携し、適切な治療につなげます。

訪問診療は、通院が困難な方や在宅での療養を希望する方にとって、治療を継続するための大切な選択肢となります。

相談先の種類と特徴

相談先特徴相談できることの例
精神保健福祉センター公的な専門相談機関本人への対応、医療機関の情報
かかりつけ医身近な医療の窓口身体的な健康問題、専門医への紹介
家族会(アラノン等)同じ立場の家族の集まり経験の共有、精神的な支え
治療にはどのくらいの期間がかかりますか?

アルコール関連疾患、特に依存症からの回復にかかる期間は、個人差が非常に大きく、「このくらいの期間で治る」と一概に言うことはできません。

依存症は、風邪や骨折のように「完治」する病気というよりは、糖尿病や高血圧のように、生涯にわたって上手に付き合っていく「慢性疾患」と捉えられています。

治療の目標は、飲酒しない生活を続け、心身ともに健康な状態を維持していく「回復」の道のりを歩むことです。

数ヶ月の入院治療でいったん落ち着いても、退院後の生活で再発(再飲酒)してしまうことも少なくありません。

大切なのは、焦らず、一喜一憂せず、長期的な視点で治療や支援を継続していくことです。

家族として、どこまで関わるべきか悩みます。

ご家族の支援は回復に不可欠ですが、その関わり方には適切な距離感が求められます。

本人の問題をすべて自分のことのように背負い込み、生活のすべてを本人中心に考えてしまうと、ご家族自身が心身ともに疲弊してしまいます。

これを「共依存」と呼び、結果的に本人の自立を妨げてしまうこともあります。大切なのは、本人の問題と自分の問題を切り離して考えることです。

愛情を持って支援はするけれど、本人が自分の行動に責任を持つことを見守る姿勢も必要です。

ご家族が自身の趣味や友人との時間を大切にし、自分の人生を生きることも、長い目で見て本人の回復を支える力になります。

関わり方に悩んだときは、家族相談や家族会などを利用し、客観的なアドバイスを求めることをお勧めします。

今回の内容が皆様のお役に立ちますように。

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この記事を書いた人

新井 隆康のアバター 新井 隆康 富士在宅診療所 院長

医師
医療法人社団あしたば会 理事長
富士在宅診療所 院長
順天堂大学医学部卒業(2001)
スタンフォード大学ポストドクトラルフェロー
USMLE/ECFMG取得(2005)
富士在宅診療所開業(2016)

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