入院治療が終わり、住み慣れた自宅での療養(在宅医療)へ移行する際、特に退院直後の72時間は体調変化や環境の変化が起こりやすい「落とし穴」とも言える時期です。
病院という管理された環境から自宅へ戻ることで、ご本人もご家族も不安を感じることが少なくありません。
この大切な時期を安心して乗り越え、安定した在宅療養生活をスタートさせるためには、事前の準備と起こりうるリスクへの理解が重要です。
この記事では、退院後72時間を無事に過ごし、その後の在宅医療をスムーズに軌道に乗せるための具体的なポイントを解説します。
退院前に知っておくべき準備のポイント
住み慣れたご自宅での療養を安心してスタートさせるためには、入院中からの周到な準備が大切です。
退院日が決まってから慌てることのないよう、在宅医療チームや病院スタッフと連携し、必要な物品や体制を整えていきましょう。
病院の医療ソーシャルワーカーや退院調整看護師が、この準備の中心的な役割を担ってくれることが多いです。
退院日程と在宅医療チームとの連携確認
退院日はゴールではなく、在宅医療のスタート日です。退院日が決定したら、すぐに在宅医療を担うクリニック(訪問診療医)や訪問看護ステーション、ケアマネジャーへ正確に伝えます。
特に退院当日から医療処置やケアが必要な場合、例えば点滴や痰の吸引、褥瘡(床ずれ)の処置などが該当しますが、この場合は初回の訪問日時を明確に調整することが重要です。
退院時刻と在宅医療チームの初回訪問時刻がうまく連携できていないと、ご自宅に戻ってから不安な時間を過ごすことになりかねません。
病院のスタッフを通じて、在宅医療チームの連絡先を確実に受け取り、退院後の窓口を確認しておきます。
必要な医療機器・衛生用品のリストアップと準備
在宅医療で必要となる物品は、患者さんの状態によって異なります。
病院の看護師やソーシャルワーカーに、ご自宅で継続が必要な医療処置は何か、それに伴いどのような物品が必要になるかを確認し、リストアップします。
介護ベッドや車椅子、歩行器などの福祉用具は、介護保険を利用してレンタルできることが多いです。ケアマネジャーと相談し、退院日までに搬入・設置を完了させます。
酸素濃縮器や人工呼吸器、吸引器などの医療機器は、医療保険でのレンタルが基本となり、病院経由で専門業者が手配します。
ガーゼ、消毒液、手袋、おむつ、尿取りパッドなどの衛生用品や消耗品は、退院後すぐに困らないよう、ある程度の量を事前に購入し、保管場所を決めておくと良いでしょう。
退院までに準備する物品の分類と手配方法
| 物品の分類 | 具体例 | 主な手配方法 |
|---|---|---|
| 医療機器 | 酸素濃縮器、吸引器、経管栄養ポンプ、人工呼吸器 | 病院が専門業者に手配(医療保険) |
| 福祉用具 | 介護ベッド、エアマットレス、車椅子、ポータブルトイレ | ケアマネジャーに相談(介護保険レンタル) |
| 衛生・消耗品 | おむつ、ガーゼ、消毒液、手袋、カテーテル類 | ご家族が購入(ドラッグストア、通販など) |
退院時カンファレンスで確認すべき重要事項
退院が近づくと、病院の医師、看護師、ソーシャルワーカー、リハビリ担当者と、退院後の生活を支える在宅医療チーム(訪問診療医、訪問看護師、ケアマネジャー、薬剤師など)、そして患者さんご本人とご家族が集まり、情報共有の会議(退院時カンファレンス)を開くことが一般的です。
これは、入院中の情報を在宅チームへ正確に引き継ぎ、退院後の療養生活をスムーズに開始するために非常に重要な場です。
ご家族からは、在宅での介護に関する不安や、生活する上での疑問点などを積極的に質問し、解消しておくことが大切です。
この場で、退院後の生活で特に注意すべき点(食事形態、活動範囲、入浴方法など)や、緊急時の連絡体制などを最終確認します。
かかりつけ医と訪問診療への引き継ぎプロセス
入院中の治療経過や現在の病状に関する情報は、退院後の在宅医療を担う医師にとって最も重要な情報です。
病院の主治医から在宅医(訪問診療医)へ、診療情報提供書(紹介状)や検査データ、画像(レントゲンやCT)データなどを確実に引き継ぎます。
通常、これらの書類は退院時カンファレンスや、退院当日にご家族経由で在宅医へ渡されます。
退院後すぐに訪問診療が開始される場合は、可能であれば入院中に一度、ご家族だけでも訪問診療クリニックを訪ね、在宅医と面談し、ご本人の状態やご家族の希望を伝えておくと、より円滑な移行が期待できます。
退院後72時間で起こりやすい医療的リスク
病院から自宅へ環境が大きく変わる退院直後の72時間は、患者さんの体調が不安定になりやすい時期です。
病院では24時間体制で医療スタッフが常駐し、体調管理が行われていましたが、ご自宅ではご家族や介護者がその役割の一部を担うことになります。
どのようなリスクがあり、どのような点に注意して見守るべきかを知っておくことが、急変の早期発見と対応につながります。
急性期治療後の病状変化と再入院のサイン
病院での急性期治療(手術や集中的な薬物治療など)が一段落しても、病状が完全に安定したわけではないケースも多くあります。
特に退院後72時間は、症状のぶり返し(発熱、痛み、呼吸困難など)や、治療の副作用、新たな問題が出やすい時期です。ご家族は、患者さんの「いつもと違う様子」にいち早く気づくことが重要です。
以下のサインが見られた場合は、再入院の可能性も視野に入れ、すぐに在宅医療チーム(訪問診療医や訪問看護師)へ連絡する必要があります。
注意すべき体調変化のサイン
| 観察ポイント | 危険なサイン(例) | 考えられる状態 |
|---|---|---|
| 呼吸 | 息が苦しそう、肩で息をしている、唇の色が悪い | 肺炎、心不全の悪化など |
| 意識 | 呼びかけへの反応が鈍い、つじつまが合わない | 脱水、感染症、薬の影響など |
| 食事・水分 | 全く食べられない、水分も受け付けない、嘔吐が続く | 脱水、消化器系の異常など |
| 体温 | 38度以上の発熱が続く、悪寒(寒気・ふるえ)がある | 感染症(肺炎、尿路感染など) |
褥瘡・感染症など二次的合併症の早期発見
入院中に体力が低下していると、褥瘡(床ずれ)や感染症のリスクが高まります。
褥瘡は、同じ姿勢で寝続けることでお尻(仙骨部)やかかとなどの骨が出っ張った部分が圧迫され、血流が悪くなることで発生します。
在宅では、ご家族や訪問看護師による注意深い皮膚の観察と、こまめな体位交換(寝返りの手伝い)が予防の鍵となります。
また、高齢者は特に誤嚥(食べ物や唾液が気管に入ること)による誤嚥性肺炎や、おむつの使用による尿路感染症を起こしやすい状態です。
食事の際にむせ込む、痰が増える、尿が濁るなどのサインにも注意を払います。
脱水・栄養不良による体調悪化
自宅に戻ると、環境の変化によるストレスや食欲不振、あるいは「家族に手間をかけたくない」という遠慮から、水分や食事の摂取量が不足しがちです。
特に高齢者はもともと体内の水分量が少なく、のどの渇きも感じにくいため、容易に脱水症状を起こします。
脱水は、意識レベルの低下、発熱、血圧低下などを引き起こし、体調が急変する大きな原因となります。
意識的に水分摂取を促し(お茶や水だけでなく、ゼリーやスープなども活用)、食事の形態(刻み食、ミキサー食、とろみ剤の使用など)がご本人に合っているかどうかも、訪問看護師や言語聴覚士(リハビリ担当)と相談しながら確認します。
精神的ストレスによる症状の悪化
「自宅に帰れて嬉しい」という安堵感と同時に、「家族に迷惑をかけるのではないか」「この先、病気はどうなるのか」といった将来への不安や、「病院と違ってすぐに看護師が来てくれない」という孤独感など、患者さんは複雑な精神的ストレスを抱えることがあります。
退院後72時間は、この環境変化によるストレスが最も高まる時期です。これらの精神的なストレスが、不眠や食欲不振、痛みの増強、抑うつ気分など、身体的な症状として現れることも少なくありません。
ご家族は、ご本人の訴えに耳を傾け、不安な気持ちを受け止める姿勢を示すことが大切です。
高齢者に多い「環境変化症候群」への対処
高齢の患者さん、特に認知機能の低下が見られる方の場合、入院という非日常的な環境から、久しぶりに自宅に戻った際、一時的に混乱したり、不穏(そわそわして落ち着かない)、興奮、幻視、昼夜逆転などの症状(せん妄)が出ることがあります。
これは「環境変化症候群」とも呼ばれ、環境の急激な変化に脳が適応しようとする過程で起こるものです。
ご家族は驚かれるかもしれませんが、まずはご本人が安心できるような穏やかな声かけを心がけ、日中はできるだけカーテンを開けて光を浴び、夜は静かな環境を整えるなど、生活リズムを取り戻す手助けをします。
症状が強い場合は、訪問診療医に相談し、対応を検討します。
服薬管理と医療ケアの継続
病院で受けていた治療を、ご自宅で安全に継続することは在宅医療の核となります。
特に退院後72時間は、薬の飲み忘れや医療処置のミスが起こりやすいため、確実な管理体制を整えることが求められます。
病院から在宅へ、薬剤情報や処置の手順を正確に引き継ぐことが重要です。
退院時処方の確認と服薬スケジュールの組み立て
退院時には、多くの場合、数日分から数週間分の薬が処方されます。入院中に治療内容が変更され、入院前と薬の種類や量、飲むタイミングが大きく変わっていることも少なくありません。
まずは、処方された薬の内容(何の薬が、いつ、どれだけ処方されているか)を「お薬手帳」や「薬剤情報提供書」で正確に把握します。
ご本人での管理が難しい場合は、ご家族が管理するか、訪問看護師や訪問薬剤師による服薬支援を依頼します。
飲み忘れや飲み間違いを防ぐため、お薬カレンダーやピルケースを活用し、1回分ずつセットしておくと確実です。
服薬管理を支援する工夫
| 管理方法 | 内容 | メリット・注意点 |
|---|---|---|
| お薬カレンダー | 曜日・時間帯(朝・昼・夕・寝る前)別に薬をセット | 視覚的に分かりやすく、飲み忘れ防止に有効 |
| 一包化(いっぽうか) | 薬局で、1回に飲む複数の薬を1袋にまとめる | 飲む時の手間が省ける(医師の指示が必要) |
| 服薬支援 | 訪問看護師・薬剤師が訪問時に服薬を確認・セット | 専門家による確実な管理が可能(別途契約) |
在宅での点滴・注射など医療処置の手順
在宅でも、点滴(中心静脈栄養含む)、インスリン注射、痰の吸引、経管栄養(胃ろう・腸ろう)、在宅酸素療法、人工肛門(ストーマ)の管理、褥瘡の処置など、様々な医療処置が継続されます。
退院前に、病院の看護師からご家族が手技を指導される場合もありますが、退院後は訪問看護師が中心となって実施・指導します。
特に退院直後は、病院とは勝手が違うご自宅での処置に戸惑うことも多いでしょう。手順の不明点や不安な点は、決して自己判断せず、必ず訪問看護師に確認します。
処置の手順書を壁に貼っておくのも良い方法です。
医療機器(酸素・吸引器等)の操作と管理
在宅酸素療法で使用する酸素濃縮器や、痰の吸引器、経管栄養ポンプなど、医療機器を自宅で操作する場合、退院前に機器の取り扱い業者から説明を受けます。
操作方法だけでなく、日常のメンテナンス方法(フィルター掃除、水の交換など)や、アラームが鳴った時の対処法、停電時・故障時の対応、そして業者の緊急連絡先も必ず確認しておきます。
これらの情報は、機器の近くにまとめて掲示しておくと、いざという時に慌てずに対応できます。
在宅環境の整備と安全対策
病院は療養に最適化された環境ですが、ご自宅は本来、生活の場です。
患者さんが安全に、そして少しでも快適に過ごせるよう、在宅医療を開始する前に住環境を見直し、必要な整備を行います。
退院後72時間は、患者さんご自身もご家族も、新しい生活動線に慣れていないため、特に事故が起こりやすい時期です。
転倒・転落を防ぐ住環境のチェックポイント
入院により筋力が低下している患者さんは、ご自身が思っている以上に体力が落ちていることがあり、わずかな段差や障害物でも転倒しやすくなっています。
転倒は、骨折(特に大腿骨頸部骨折)などの大きな怪我につながり、再び入院が必要となる最大の原因の一つです。ご自宅の中を見渡し、危険な箇所がないかチェックします。
転倒予防のための環境チェックリスト
- 床に電気コードや新聞紙、敷物(ラグ)などが放置されていないか
- 廊下や階段、トイレへの動線に、夜間でも足元を照らす照明(足元灯)はあるか
- 敷居などの小さな段差を解消するスロープや、段差を分かりやすく示すテープは必要か
- スリッパは滑りやすくないか、かかとのある靴タイプが望ましい
ベッド・トイレ・入浴環境の適切な配置
日常生活の基本的な動作(寝る、排泄する、入浴する)を安全に行える環境整備は、ご本人の自立支援とご家族の介護負担軽減の両面から重要です。
介護ベッドを導入する場合、ご家族が介護しやすいスペース(ベッドの両側や足元)を確保できる位置に設置します。
トイレが寝室から遠い場合は、夜間だけでもベッドサイドにポータブルトイレを設置することを検討します。
浴室は滑りやすく、寒暖差によるヒートショックのリスクもあるため、手すりの設置、滑り止めマットの使用、シャワーチェアの導入などをケアマネジャーと相談します。
生活動作ごとの環境整備例
| 場所・動作 | 整備のポイント | 具体的な福祉用具・改修 |
|---|---|---|
| 寝室・起き上がり | ベッドからの転落防止、起き上がりやすさ | 介護ベッド(ギャッチアップ機能)、ベッド用手すり |
| トイレ・排泄 | 立ち座りの安定、移動の安全性 | トイレ用手すり、補高便座、ポータブルトイレ |
| 浴室・入浴 | 滑り防止、寒暖差対策、またぎ動作の補助 | 浴室内手すり、シャワーチェア、バスボード、すのこ |
緊急通報システムと見守り体制の構築
在宅医療では、ご家族が24時間常にそばにいられるとは限りません。患者さんが日中お一人になる時間がある場合や、夜間の急変が心配な場合は、緊急通報システムの導入を検討します。
これは、ペンダント型のボタンを押すだけで、警備会社や家族、コールセンターに自動で通報がいくサービスで、多くの自治体で高齢者向けの助成制度があります。
また、最近では、安否確認機能付きの電気ポットや、人感センサーによる見守りサービスなど、多様な技術が活用されています。ケアマネジャーや地域包括支援センターに相談してみると良いでしょう。
感染予防のための衛生管理と清潔保持
体力が低下している患者さんは、健康な時と比べて感染症にかかりやすいため、ご自宅での衛生管理も大切です。
介護者(ご家族、訪問介護員、訪問看護師)は、患者さんに触れる前、おむつ交換や医療処置の前後で、石鹸による手洗いやアルコールによる手指消毒を徹底します。
また、室内はこまめに換気し、空気を入れ替えることも有効です。シーツや寝間着など、患者さんが直接触れるリネン類も、汗や汚れで不潔にならないよう、定期的に交換し清潔に保つよう心がけます。
家族・介護者が直面する課題とサポート
患者さんを在宅で支えるご家族や介護者の方々には、身体的・精神的に大きな負担がかかることがあります。
特に退院直後の72時間は、環境の変化への適応や医療処置への緊張感から、介護者の負担が集中しやすい時期です。介護者が健やかであってこそ、在宅医療は継続できます。
ご家族自身のケアも忘れてはいけません。
24時間介護体制の負担と燃え尽き症候群
退院直後は、患者さんの状態が不安定であったり、介護に慣れていなかったりするため、ご家族は常に気を張った状態が続きます。
夜間の痰の吸引や体位交換、トイレの介助などで十分な睡眠がとれない生活が続くと、心身ともに疲弊し、いわゆる「介護疲れ」や「燃え尽き症候群」に陥る危険があります。
「自分(家族)が頑張らなければ」という責任感から、一人で抱え込みやすいですが、在宅医療はチームで支えるものです。
訪問診療医や訪問看護師に、介護の辛さや負担感を率直に伝えることが大切です。
介護技術の習得と不安への対処法
病院では看護師が実施していた医療的なケア(経管栄養、吸引、インスリン注射など)や、身体的な介護(おむつ交換、体位交換、入浴介助)など、ご家族が担うケアは多岐にわたります。
入院中に指導を受けても、いざ自宅で実践しようとすると「本当にこれで合っているか」「失敗したらどうしよう」と不安になるものです。
退院後は、訪問看護師が実際にご自宅の環境で、ご家族が実践するのを見守りながら、丁寧に指導します。
不安なことは小さなことでもリストアップしておき、訪問看護師に遠慮なく質問・相談することが、不安解消への近道です。
ご家族が担う主な介護とサポート
| 介護技術の例 | ご家族の不安(例) | 主なサポート役(相談先) |
|---|---|---|
| 痰の吸引 | タイミングや強さが分からない、苦しそう | 訪問看護師(実地指導) |
| 経管栄養(胃ろう) | 詰まらないか、漏れないか、注入速度 | 訪問看護師、訪問薬剤師、訪問栄養士 |
| おむつ交換・陰部洗浄 | 皮膚がかぶれないか、褥瘡ができないか | 訪問看護師、訪問介護員 |
介護保険サービスの活用と調整
ご家族の介護負担を軽減するため、介護保険サービスを最大限に活用します。
ケアマネジャー(介護支援専門員)が中心となり、患者さんの状態やご家族の希望、介護力に合わせて、どのようなサービスを、週に何回、どの時間帯に利用するかを組み合わせた「ケアプラン」を作成します。
退院直後は状態が変化しやすいため、訪問看護の回数を一時的に増やしたり、訪問入浴サービスを導入したりするなど、状況に合わせて柔軟にケアプランを見直してもらうことも重要です。
介護保険サービスは、ご家族が介護から解放される時間を作るためにも積極的に活用します。
レスパイトケアの重要性と利用方法
「レスパイト」とは「休息」「息抜き」という意味です。介護者が一時的に介護から離れ、休息をとり、リフレッシュするための支援をレスパイトケアと呼びます。
例えば、介護保険の「ショートステイ(短期入所生活介護)」を利用して、数日間〜1週間程度、施設に宿泊してもらう方法があります。
また、医療的なケアが必要な患者さんの場合は、病院やクリニックが提供する「レスパイト入院」を利用することも可能です。
介護を長く続けるためには、介護者が休息する時間も計画的にケアプランに組み込むことが重要です。
緊急時の対応とサポート体制の確立
在宅医療で最も不安なことの一つが、「もしも」の時の対応です。
特に体調が変化しやすい退院後72時間は、万が一の事態に備えた連絡体制と対応手順を、病院・在宅医療チームと明確に共有しておく必要があります。
いざという時に慌てないよう、誰に、いつ、どのように連絡するかをあらかじめ決めておきます。
訪問診療・訪問看護との24時間連絡体制
在宅医療を担う訪問診療クリニックや訪問看護ステーションは、多くの場合、24時間365日対応の緊急連絡先を持っています。
これは、診療時間外や夜間・休日であっても、患者さんの状態に変化があった際に、医師や看護師が電話で相談に応じ、必要に応じて緊急往診や訪問看護を行うための体制です。
「いつもと様子が違う」「この症状は大丈夫か」と不安に思った時に、いつでも専門家に相談できる体制があることは、在宅医療を続ける上での大きな支えとなります。
退院前に、その緊急連絡先(電話番号)を必ず確認し、電話機のそばなど家族全員が分かる場所に掲示しておきます。
救急搬送が必要な症状の見極め方
在宅医療では、体調が急変した場合に、常に救急車を呼んで病院へ搬送するとは限りません。
訪問診療医は、患者さんの現在の病状や、これまでの治療経過、そして何よりもご本人とご家族がどのような療養を望んでいるか(例えば、延命治療に関する意向など)を踏まえ、「どのような状態になったら救急搬送を目指すか」「どのような状態なら在宅で対応(看取りを含む)するか」をご家族と事前に話し合っておくことがあります。
もちろん、以下のような緊急性の高い症状が見られた場合は、救急搬送が必要です。
一般的な緊急性の高い症状
- 突然の激しい胸痛や頭痛、腹痛
- 意識がない、または呼びかけへの反応が全くない
- 呼吸が停止している、または極端に苦しそうで会話ができない
- 大量の出血(吐血、下血など)が止まらない
ただし、これらの症状があっても、終末期医療の段階にある患者さんなど、ご本人の意向で救急搬送を選ばないという選択肢もあります。
どのような場合でも、判断に迷った場合は、まず訪問診療医の緊急連絡先に電話し、状況を伝えて指示を仰ぐことが原則です。
夜間・休日の相談窓口と対応フロー
退院直後は、日中は訪問看護師などが来てくれて安心でも、夜間や休日に不安が強くなるものです。
かかりつけとなる訪問診療クリニックが、夜間・休日にどのような対応体制をとっているのか(当直医が電話対応するのか、必要時往診するのか等)を具体的に確認しておくと安心です。
緊急時に備えて、連絡のフローを整理しておきましょう。
緊急時対応フロー(一例)
| ステップ | アクション | ポイント・連絡先(例) |
|---|---|---|
| 1. 急変・不安発生 | まずは落ち着いて患者さんの状態(呼吸、意識、脈など)を観察 | ご家族自身がパニックにならないことが大切 |
| 2. 相談・連絡 | 訪問診療所(または訪問看護ST)の緊急連絡先に電話 | 「緊急連絡先」として共有された番号にかける |
| 3. 状況説明 | 医師・看護師に「いつから」「どんな症状か」を具体的に伝える | 患者さんの名前、現在の症状、体温や血圧(測れれば) |
| 4. 指示に従う | 医師・看護師の指示(救急車要請、往診待ち、処置の実施等)に従う | 救急車を呼ぶ場合も、訪問診療医に一報入れておくと連携がスムーズ |
よくある質問(Q&A)
入院から在宅医療への移行、特に退院後72時間に関しては、多くのご家族が様々な疑問や不安を抱えています。ここでは、よく寄せられる質問とその回答をまとめます。
- 退院後72時間は、家族が絶対にそばにいないといけませんか?
-
必ずしも24時間付きっきりである必要はありませんが、退院直後は患者さんの状態が変化しやすいため、可能な限りご家族や介護者がそばで見守り、変化に早く気づける体制が望ましいです。
特に、せん妄のリスクがある患者さんや、転倒のリスクが高い患者さんの場合は、注意が必要です。
日中お一人になる時間帯がある場合は、ケアマネジャーと相談し、退院直後は訪問看護や訪問介護の回数を一時的に増やしたり、見守りサービスを検討したりすることも一つの方法です。
- 退院当日から訪問診療や訪問看護は来てもらえますか?
-
はい、可能です。退院日が決まった段階で、病院のソーシャルワーカーやケアマネジャーを通じて、訪問診療クリニックや訪問看護ステーションに依頼し、退院当日の訪問スケジュールを調整します。
医療処置(点滴、吸引、褥瘡処置など)がすぐに必要な場合は、退院時刻に合わせてご自宅で待機し、病院からの引き継ぎを直接受ける形で訪問することも多くあります。
事前の調整が重要です。
- 病院の薬がなくなったら、どうすればよいですか?
-
退院時には、次回の訪問診療日までの薬(あるいはそれ以上)が処方されることが一般的です。
退院時に処方された薬がなくなる前に、訪問診療医が診察に伺い、必要な薬を処方します。
処方箋は、ご家族がかかりつけ薬局に持参して薬を受け取る方法と、薬局の薬剤師がご自宅に薬を届けて管理を支援する「在宅患者訪問薬剤管理指導(居宅療養管理指導)」という仕組みを利用する方法があります。
在宅での処方箋と薬の受け取り方
受け取りパターン 処方箋の流れ 薬の受け取り・管理 家族が薬局へ 訪問診療医から処方箋を受け取る 家族が「かかりつけ薬局」へ持参し薬を受け取る 訪問薬剤師利用 診療所から薬局へFAX等で送付 薬剤師が自宅へ薬を配送し、服薬説明・管理支援を行う - 夜中に急変したら、救急車を呼ぶべきか、訪問診療医に連絡すべきか迷います。
-
原則として、まずは契約している訪問診療クリニックの緊急連絡先に電話してください。24時間対応の電話窓口で、医師や看護師が状況を伺います。
その上で、救急車を呼ぶべきか、訪問診療(往診)で対応できるか、あるいは電話での指示で朝まで様子を見られるかを判断します。
呼吸が止まっている、意識が全くないなど、一刻を争う明らかな緊急事態の場合は、救急車(119番)を呼びながら、並行して訪問診療医にも連絡を入れると、救急隊への情報連携(これまでの経過やご本人の意向など)がスムーズになります。
- 介護保険をまだ申請していません。退院までに間に合いますか?
-
介護保険の要介護認定は、市区町村の窓口に申請してから認定結果が出るまでに、通常1ヶ月程度かかります。
そのため、入院が決まった段階、あるいは入院中に容態が安定してきた段階で、早めに病院のソーシャルワーカーや地域包括支援センターに相談し、申請手続き(区分変更や新規申請)を進めることが重要です。
退院までに認定結果が出ていなくても、認定が見込まれる場合は「暫定ケアプラン」を作成し、サービス(福祉用具レンタルなど)を先行して利用できる場合があります。
今回の内容が皆様のお役に立ちますように。

