訪問診療利用中に引っ越す場合の手続き|エリア変更と転居先の探し方

訪問診療利用中に引っ越す場合の手続き|エリア変更と転居先の探し方

住み慣れた地域を離れて新しい環境へ移る際、継続的な医療ケアをどのように確保するかは多くの患者様やご家族にとって切実な悩みです。

特に訪問診療を利用している場合、主治医の変更や医療機器の移動、行政への届出など、通常の引越し以上に複雑な準備を要します。

本記事では、途切れのない医療体制を維持しながら安全に転居するための具体的な手順と、信頼できる転居先の訪問診療医を見つけるためのポイントを網羅的に解説します。

目次

訪問診療における引越しの基本構造と全体の流れ

現在受けている訪問診療を継続しながら引越しを行う場合、最も重要になるのは「医療の空白期間を作らないこと」です。

通常の通院であれば、引越し後にゆっくりと病院を探すことも可能ですが、訪問診療を必要とする方は日常的な医療管理が欠かせません。

そのため、現在の主治医との契約終了と、新しい主治医との契約開始をスムーズに接続する必要があります。

基本的には、現在の担当医から新しい担当医へ「患者情報を引き継ぐ」という形をとります。

これには正式な書類のやり取りが含まれ、口頭での申し送りだけでは不十分です。

医療機関同士の連携に加え、ケアマネジャーや訪問看護ステーション、薬局なども含めたチーム全体での情報の移行が必要となります。

医療機関の管轄エリア確認と継続の可否

引越しが決まった際、最初に行うべき確認事項は「現在の主治医の訪問可能エリア内に収まるかどうか」です。

訪問診療は原則として医療機関から半径16km以内という規定があります。

近距離の引越しであれば、現在の医師にそのまま来てもらえる可能性があります。

もし訪問エリア外への転居となる場合は、現在の契約を終了し、転居先エリアを管轄する新しい在宅療養支援診療所を探すことになります。

この判断を早めに行うことで、後述する紹介状の作成や引き継ぎ準備に十分な時間を割くことができます。

関係各所への連絡と調整時期

引越しの全体像を把握するために、どのタイミングで誰が動くべきかを整理します。

患者様ご本人やご家族が中心となって動く部分と、医療従事者間で行われる調整があります。

以下に、引越しに伴う主な関係者とその役割分担を整理しました。

引越しに伴う役割分担と責任範囲

関係者主な役割と責任引越し時のアクション
現在の主治医診療情報の提供と紹介状作成次の医師へ治療経過や処方内容を正確に伝達する
ケアマネジャー介護保険サービスの調整新エリアの事業所選定支援や区分変更申請の助言を行う
患者様・ご家族意思決定と契約手続き新居の決定、新クリニックとの面談、行政手続きを行う
新しい主治医受け入れ準備と初診事前の情報確認を行い、転居直後から診療を開始する体制を整える

これらを混同せず、適切な時期に適切な相手へ情報を伝えることがトラブルを防ぐ鍵となります。

転居先エリアでの新しい訪問診療医の探し方と選定基準

新しい地域で信頼できる訪問診療医を見つけることは、今後の療養生活の質を左右する極めて重要な要素です。

単に「家に来てくれる医者」を探すのではなく、患者様の疾患に対応できる専門性や、緊急時の対応力を持った医療機関を選定する必要があります。

現在の主治医や相談員からの紹介を活用する

最も確実性が高い方法は、現在の主治医に紹介を依頼することです。

医師同士のネットワークや、系列の医療法人が転居先にある場合、スムーズな連携が期待できます。

また、地域連携室の相談員(ソーシャルワーカー)は、全国の医療機関データベースや独自のネットワークを持っていることが多いです。

そのため、患者様の病状に適した転居先の候補を挙げてくれるでしょう。

医師会も重要な情報源です。多くの地域医師会は在宅医療連携室を設置しており、その地域で訪問診療を行っている医療機関のリストを持っています。

公平な立場で情報を提供してくれるため、選択肢を広げる意味でも問い合わせる価値があります。

インターネットや公的リストを用いた検索手法

ご自身で情報を集める場合は、厚生労働省や都道府県が公表している「在宅療養支援診療所」のリストを参照します。

また、医療機関検索サイトを利用する際は「24時間対応」「看取り対応」「専門医の有無」などの条件で絞り込みを行います。

ウェブサイトの情報が更新されていない場合もあるため、必ず電話での確認が必要です。

候補となるクリニックをリストアップする際は、以下のポイントを重視して比較検討します。

  • 緊急時の連絡体制と実働実績(医師や看護師が実際に駆けつけられるか)
  • 主治医の専門分野とバックアップ体制(代診体制が整っているか)
  • 連携する訪問看護ステーションの選択肢(希望するステーションと連携可能か)
  • 費用体系の明確さ(交通費の実費請求や独自料金設定の有無)

特に夜間・休日の緊急往診体制が実質的に機能しているかどうかは、安心して生活するために欠かせない確認事項です。

面談(インテーク)の重要性と確認事項

候補となる医療機関が見つかったら、契約前に事前面談(インテーク面談)を行います。

この面談は、医師や相談員との相性を確認する絶好の機会です。

患者様の病状だけでなく、ご家族の介護力や生活に対する希望(最期まで家で過ごしたい、痛みの緩和を優先したい等)を伝えます。

それに対してどのようなサポートが可能かを聞き出し、納得のいく医療機関を選んでください。

引越しに際して準備すべき書類と行政手続きの完全ガイド

医療と介護のサービスを途切れさせないためには、適切な書類の準備と行政への届出が必要です。

これらの手続きは「医療保険」と「介護保険」の両側面から進める必要があり、それぞれ管轄や必要書類が異なります。

診療情報提供書(紹介状)の手配と重要性

医療の継続において最も重要な書類が「診療情報提供書」です。

これには診断名、既往歴、現在の処方内容、アレルギー情報、これまでの治療経過などが詳細に記載されます。

新しい主治医はこの情報を基に初回の診療計画を立てます。

作成には通常2週間程度の時間を要するため、引越しの1ヶ月前には現在の主治医へ依頼を出します。

また、画像データ(CTやMRI、レントゲン)や直近の血液検査結果も併せて提供してもらうよう依頼します。

これらの客観的なデータがあることで、新しい医師はより正確に患者様の状態を把握でき、重複した検査を避けることにもつながります。

介護保険関連の資格喪失と認定申請

異なる市区町村へ引っ越す場合、介護保険の手続きは少し複雑になります。

現在の自治体で「受給資格証明書」を発行してもらい、それを転居先の自治体へ提出することで、要介護認定の区分を引き継ぐことができます。

主要な提出書類と手続きのタイミング

書類・手続き名提出・申請先提出時期と注意点
診療情報提供書新クリニックへ提出引越しの2週間前までには入手し、初診前に送付または持参する。
介護保険受給資格証明書旧住所の役所 → 新住所の役所転出時に受け取り、転入日から14日以内に新住所の窓口へ提出する。
健康保険証の住所変更協会けんぽ・健保組合・役所国民健康保険の場合は転出手続きと同時に資格喪失し、新住所で再加入を行う。
後期高齢者医療負担区分証明書旧住所の役所 → 新住所の役所県外への転居の場合に必要。県内転居の場合は住所変更のみで済む場合が多い。

この手続きを転入日から14日以内に行わないと、認定がリセットされ、再度認定調査からやり直すことになるため注意が必要です。

看護サマリーと薬剤情報の引継ぎ

医師の紹介状とは別に、訪問看護を利用している場合は「看護サマリー(看護要約)」の作成を依頼します。

ここには、日々の処置の具体的な方法、褥瘡(床ずれ)のケア状況、ご家族への指導内容など、生活に密着した情報が記載されます。

新しい訪問看護ステーションがスムーズにケアに入り、以前と同じ質のケアを提供するために欠かせない資料です。

お薬手帳の最新化も忘れてはいけません。現在の薬局から「薬剤情報提供書」を発行してもらうことも有効です。

特に麻薬を使用している場合や、特殊な調剤が必要な場合は、転居先の近くに対応可能な薬局があるかどうかも含めて、事前の調整を入念に行います。

エリア変更に伴うケアマネジャーの交代と連携体制の再構築

訪問診療とセットで在宅生活を支えているのが介護サービスです。

引越しによって市区町村が変わる場合、原則としてケアマネジャー(居宅介護支援事業所)も変更となります。

長年信頼関係を築いてきたケアマネジャーとの別れは不安要素の一つですが、適切な引き継ぎを行うことで、質の高いケアプランを維持することができます。

現在のケアマネジャーによる引継ぎ業務

現在のケアマネジャーは、利用者様の生活歴、性格、家族関係、サービス利用の意向などをまとめた書類を作成します。

「居宅介護支援経過」や「フェースシート」と呼ばれるこれらの書類は、新しいケアマネジャーへ送付されます。

この情報は、新しいケアプランを作成する際の基礎資料となります。

可能であれば引越し前に新旧のケアマネジャー同士で電話連絡を取り合い、細かなニュアンスや注意点を共有してもらうよう依頼します。

特に認知症がある場合や、介護拒否がある場合などの対応方法は、口頭での補足説明が非常に有効です。

新しい事業所・サービス提供者の選定

新しいケアマネジャーが決まったら、その地域で利用可能な訪問看護、訪問介護、デイサービスなどの事業所を選定します。

この際、医療ニーズが高い場合は、新しい訪問診療医と連携実績のある訪問看護ステーションを選ぶと、緊急時の連携がスムーズになります。

引越しパターンによるケアマネジャー変更の要否

引越しパターンケアマネジャー変更必要な対応と注意点
同一市区町村内での転居原則不要(継続可)住所変更の手続きのみで継続可能だが、訪問距離が遠くなる場合は交通費等の相談が必要。
近隣の他市区町村への転居原則必要(変更)事業所が他市区町村の指定を受けていれば継続可能な場合もあるため確認を要する。
遠方の他市区町村への転居必要(変更)完全に新しい事業所と契約。地域包括支援センター等に相談し紹介を受ける。

医療依存度が高い患者様の場合、ヘルパーや入浴サービスのスタッフに対して、特定行為(痰の吸引など)の実施が可能かどうかの確認も必要です。

地域の社会資源はエリアごとに大きく異なるため、希望するサービスが即座に利用できるとは限らない点を考慮し、代替案も検討しておきます。

在宅医療機器(酸素・人工呼吸器等)の移動と安全管理

在宅酸素療法(HOT)や人工呼吸器、輸液ポンプなどの医療機器を使用している場合、その移動には細心の注意と専門業者の介入が必要です。

引越し業者が運べるものと、医療機器メーカーが運搬・設置すべきものは明確に区分されています。

医療機器メーカーへの連絡と手配

医療機器はレンタル契約となっていることがほとんどです。

引越しが決まった時点で、速やかに機器メーカー(または委託業者)に連絡を入れます。

メーカーは全国に拠点を持っていることが多く、現在の住まいで機器を回収し、新しい住まいへ同型の機器を事前に設置してくれるサービスを提供しています。

主な医療機器の引越し対応一覧

機器の種類連絡先・担当具体的な移動手順
酸素濃縮装置帝人、フクダ電子などのメーカー新居に別個体を事前搬入・設置してもらう。旧居の機器は後日回収。
在宅人工呼吸器医療機器メーカー・主治医外部バッテリーの予備を手配。新居での回路組み立ては業者が行う。
特殊寝台(介護ベッド)福祉用具貸与事業者解体・運搬・組立を専門業者が実施。レンタルの場合、エリア外なら業者変更が必要。

この手配により、患者様が新居に到着した瞬間から酸素や呼吸器を使用できる環境が整います。

自分で機器を取り外して運搬することは、故障や設定ミスの原因となるため、原則として避けます。

必ず専門スタッフによる設置と動作確認を依頼してください。

移動中の電源と酸素ボンベの確保

移動時間が長くなる場合、バッテリーの持続時間や携帯用酸素ボンベの残量が十分かを計算します。

渋滞などの不測の事態に備え、所要時間の1.5倍から2倍程度の余裕を持った量を準備します。

公共交通機関(新幹線や飛行機)を利用する場合は、事前に医療機器持ち込みの申請や、座席近くの電源確保の予約が必要です。

トラブルを防ぐための理想的な準備スケジュールと期日管理

医療的ケアを要する方の引越しは、物件探しから転居完了まで、一般的な引越しよりも長い準備期間を見積もる必要があります。

直前になって慌てることがないよう、余裕を持ったスケジュールを組みます。

特に新しい医療機関との契約は、相手側の受け入れ状況にも左右されるため、最優先事項として動きます。

2ヶ月前から始める準備とチェックポイント

引越しの2ヶ月前には、現在の主治医やケアマネジャーに引越しの意思を伝えます。

これは、単なる報告ではなく、今後の治療方針や引き継ぎの計画を立てるためのキックオフとなります。

同時に、新居の選定にあたっては、救急車の動線確保やベッド搬入が可能か、電源容量は十分かといった、在宅療養特有の視点で物件を確認します。

1ヶ月前には、新居周辺の医療機関や訪問看護ステーションの絞り込みを終え、具体的な問い合わせを開始します。

  • 2ヶ月前〜:関係者への告知と情報収集(主治医・ケアマネへの連絡など)
  • 1ヶ月前〜:具体的契約と書類手配(紹介状作成依頼、新医療機関との面談予約)
  • 2週間前〜:行政手続きと荷造り(受給資格証明書の取得、薬剤の予備確保)
  • 当日・翌日:環境設定と初診(医療機器の設置確認、初回訪問)

この時期に要介護認定の引継ぎに関する書類準備や、現在利用しているサービスの解約予告も行います。

空白期間を作らないためのリスク管理と緊急時プラン

どれだけ綿密に計画しても、当日の交通事情や体調変化など、予期せぬトラブルは起こり得ます。

引越し当日前後は「医療のエアポケット」ができやすい危険な時間帯です。

この期間を安全に乗り切るためには、想定されるリスクに対する具体的なバックアッププランを用意しておきます。

移動中の体調急変への備え

長距離の移動は患者様の身体に大きな負担をかけます。

移動中に容態が悪化した場合、どこの病院に救急搬送するか、またはどの地点まで引き返すかといった判断基準を事前に決めておきます。

想定されるトラブルと事前の対策

トラブル想定発生リスク具体的な対策と行動
移動中の体調悪化脱水、感染症、疲労による発熱経口補水液の準備、休憩地点の事前設定、紹介状コピーの携帯。
薬の紛失・不足荷物に紛れて見つからない1週間分の薬を手持ち鞄に入れ、残薬数に余裕を持って処方を受けておく。
新クリニックとの契約遅延初診日が決まらない引越し前に必ず電話連絡を完了させ、最短での訪問日時を確約しておく。

現在の主治医には、移動中の緊急連絡先として携帯電話番号を教えてもらえるか相談してください。

また、紹介状のコピーを必ず手元(すぐ出せる場所)に持参します。救急隊に提示することで、迅速な処置につながります。

新旧医療機関の重複契約と費用

引越し月においては、月の前半を旧クリニック、後半を新クリニックが担当することになります。

訪問診療料(在宅時医学総合管理料など)は月単位で算定されるものが多いため、同一月内に2つの医療機関が管理料を算定できるかどうかの調整が必要です。

基本的には日割り計算はされませんが、月途中の変更に関する特別な規定に基づき、適切に処理されます。

費用面でのトラブルを避けるため、双方向の医療機関事務員に確認を促します。

よくある質問

引越し先でも今の先生に診てもらうことは可能ですか?

現在の先生の診療所から、引越し先が半径16km以内であれば、引き続き診てもらえる可能性があります。

ただし、距離が遠くなることで緊急時の対応が遅れるリスクや、交通費の負担が増える可能性があります。

まずは現在の先生に継続訪問が可能か、またそれが患者様にとって最善の選択かを相談してください。

紹介状の作成費用はどのくらいかかりますか?

診療情報提供書(紹介状)の作成には、健康保険が適用されます。

負担割合によって異なりますが、1割負担の方であれば250円程度、3割負担の方であれば750円程度が目安となります。

これに加え、画像データ等の添付資料がある場合は別途費用がかかることもありますが、高額になることは一般的ではありません。

新しい病院が見つからない場合はどうすればよいですか?

自力での探索が難しい場合は、転居先の地域にある「地域包括支援センター」や「市区町村の福祉課」に相談してください。

地域の医療資源を把握している専門職が、条件に合う医療機関を紹介してくれます。

また、都道府県の医師会が設置している相談窓口も有力な情報源となりますので、諦めずに問い合わせを行うことが大切です。

引越しの片付けで忙しく、手続きに行けない場合は代理でも可能ですか?

役所での介護保険や健康保険の手続きは、委任状があればご家族などの代理人でも行うことが可能です。

また、郵送で受け付けている自治体も増えています。

ケアマネジャーや新しい医療機関との契約については、重要事項の説明があるため原則としてキーパーソン(主たる介護者)の同席が必要です。

事情を話せば日程調整やオンラインでの説明など、柔軟に対応してもらえることもあります。

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この記事を書いた人

新井 隆康のアバター 新井 隆康 富士在宅診療所 院長

医師
医療法人社団あしたば会 理事長
富士在宅診療所 院長
順天堂大学医学部卒業(2001)
スタンフォード大学ポストドクトラルフェロー
USMLE/ECFMG取得(2005)
富士在宅診療所開業(2016)

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