訪問診療での慢性心不全管理|利尿剤調整と体重測定による入退院予防

訪問診療での慢性心不全管理|利尿剤調整と体重測定による入退院予防

慢性心不全を抱える患者さんが、住み慣れたご自宅で安心して日々の生活を送るためには、心臓への負担を常にモニタリングする体制が必要です。

ごくわずかな体調の変化を見逃さず、早期に対応することが長期的な安定につながります。

特に「体重の変動」は心不全悪化を知らせる極めて重要なサインであり、これに基づいた「利尿剤の適切な調整」が入退院を繰り返さないための最大のカギとなります。

訪問診療では、定期的な診察と日々の生活記録を組み合わせ、病院とは異なる「生活の場」に合わせたきめ細やかな管理を行います。

本記事では、在宅医療だからこそ実践できる心不全管理の具体策と、ご本人やご家族ができる予防の工夫について詳しく解説します。

目次

なぜ訪問診療を利用すると慢性心不全による入退院の繰り返しを防げるのでしょうか?

慢性心不全の患者さんが直面する大きな課題のひとつに、症状の悪化による再入院があります。

病院では安定していても、自宅に戻ると生活環境や服薬管理の変化から心臓への負担が増し、再び息苦しさやむくみが出現してしまうケースは少なくありません。

訪問診療は、単に「通院が困難な方の代わりに医師が家に行く」だけのものではないのです。

患者さんの生活の場に入り込み、食事内容、活動量、服薬状況などを総合的に把握し、悪化の要因を早期に見つけ出す「攻めの医療」を提供します。

病院のような徹底管理と自宅での自分らしい生活はどう違うのですか?

病院という環境は、食事の塩分量が完全にコントロールされ、安静を保ちやすい特殊な空間です。

一方で在宅療養は、患者さんご自身の嗜好や長年の生活習慣が色濃く反映される「日常」そのものです。

この環境のギャップこそが、退院後に心不全が悪化してしまう大きな要因となります。

訪問診療では、病院のような完全な管理を目指すのではなく、患者さんの「自分らしい生活」を尊重しながら調整を行います。

医学的に許容できるギリギリのラインを見極め、生活の中で無理なく続けられる管理方法を一緒に探すことが、長期的な安定につながるのです。

実際に家に行くからこそ見えてくる心不全悪化の本当の原因とは

診察室での問診だけでは見抜けない悪化原因が、自宅には隠れているケースが多いものです。

例えば、ヘルパーさんが良かれと思って用意する食事が実は塩分多めだったり、寝室とトイレの距離が遠くて動くのが億劫になり飲水量が減っていたりといった事実です。

あるいは逆に、手元にペットボトルを置きすぎて、無意識のうちに水分を摂りすぎているケースもよく見られます。

訪問診療医は、冷蔵庫の中身や薬の管理場所、居住スペースの動線をご家族と一緒に確認し、生活環境そのものに介入します。これにより、単に薬を増減するだけでなく、環境調整による心負荷の軽減を図れます。

不安を取り除き自己管理能力を高めるために医師ができること

心不全は「うまく付き合っていく病気」であるため、患者さん自身やご家族が病状の変化に気づく力を養うことが大切です。

しかし、専門知識のない中で「息が苦しい気がする」「足がむくんでいるかも」と判断するのは大きなストレスを伴います。

訪問診療チームは、24時間の連絡体制を敷くことでこの不安を解消します。「何かあればすぐ相談できる」という安心感は、過度な不安による精神的な心負荷を減らすだけでなく、適切なタイミングでの医療介入を可能にします。

医師や看護師が定期的に訪問し、正しい知識を繰り返し伝えると、患者さん側の管理能力も徐々に向上していきます。

病院管理と在宅管理のアプローチの違い

比較項目病院での管理在宅(訪問診療)での管理
環境要因医療者主導で完全にコントロールされた環境患者さんの生活習慣や好みが反映された自由な環境
食事・水分栄養士による徹底した塩分・水分制限の提供生活スタイルに合わせた現実的な制限と工夫の提案
服薬管理看護師による確実な配薬と確認カレンダーやお薬ロボット等を活用した自立支援
目標設定数値の正常化と医学的な安定の追求QOL(生活の質)の維持と再入院の回避
緊急時対応即時の検査と処置が可能予兆の早期発見と往診による初期対応・病院連携

おしっこを出す薬「利尿剤」はどうやって心臓を楽にしているのでしょうか?

慢性心不全の管理において、心臓のポンプ機能が低下して体内に水分が溜まる「うっ血」を防ぐことは極めて重要です。

このうっ血を改善し、心臓の負担を減らすために中心的な役割を果たすのが利尿剤です。しかし、利尿剤は単に「尿を出す薬」として漫然と飲むものではありません。

その日の体調や季節、食事量によって効き方が変化するため、身体の状態に合わせて慎重に扱う必要があります。

体内の余分な水を追い出して心臓の負担を和らげる仕組み

心臓の動きが弱まると、血液を全身に送り出す力が弱まり、同時に静脈から血液を戻す力も弱くなります。これによって肺や手足に行き場のない水が溜まり、息切れやむくみが生じます。

利尿剤は、腎臓に作用して尿の量を増やし、血管内や組織間の余分な水分を強制的に体外へ排出させます。血液の総量が減り、心臓が一度に送り出さなければならない仕事量が減少します。

結果として、呼吸が楽になり、むくみが取れ、身体が軽くなる効果が得られます。まさに心臓を休ませるための薬と言えます。

ループ利尿剤やサムスカなどの種類による効果の違い

利尿剤にはいくつかの種類があり、患者さんの重症度や合併症によって使い分けたり、組み合わせたりします。

最も一般的で強力なのが「ループ利尿剤(フロセミドなど)」です。これは即効性があり、急激なむくみの改善に役立ちますが、カリウムなどの電解質も一緒に排出してしまう欠点があります。

一方で、「トルバプタン(サムスカ)」のような水利尿薬は、電解質のバランスを崩さずに水分だけを出す特徴があります。

訪問診療医は、血液検査の結果や血圧の推移を見ながら、これらの薬をパズルのように組み合わせ、その人に適した処方を見つけ出します。

主な利尿剤の種類と特徴の比較

薬剤の種類主な作用と特徴注意すべき副作用
ループ利尿剤
(ラシックス、ルプラック等)
最も作用が強力で、即効性がある。うっ血改善の第一選択薬として広く使われる。低カリウム血症、脱水、血圧低下、腎機能の悪化
水利尿薬
(サムスカ)
ナトリウムなどの電解質を出さず、水だけを排出する。腎機能が低下していても効果が出やすい。口渇(強い喉の渇き)、高ナトリウム血症
ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬
(アルダクトン、セララ等)
利尿作用はマイルドだが、心臓の保護作用があり予後を改善する。ループ利尿剤と併用されることが多い。高カリウム血症、女性化乳房(アルダクトン)
サイアザイド系利尿剤
(フルイトラン等)
降圧作用も併せ持つ。ループ利尿剤の効果が不十分な時に追加されることがある。低カリウム血症、尿酸値の上昇、耐糖能の低下

飲み忘れや自己判断での中断が招くリスクと対策

利尿剤を飲むとトイレの回数が増えるため、外出前や夜間の服用を自己判断で控えてしまう患者さんがいらっしゃいます。

しかし、これが心不全悪化の引き金になるケースが非常に多いのです。1回の中断がすぐに悪化につながらなくても、数日続けば体内に数リットルの水が溜まり、急激な呼吸困難を引き起こします。

在宅医療では、生活リズムに合わせて「朝と昼に飲む」「外出のない日に調整する」といった柔軟な対応を相談することも可能です。

また、服薬ボックスを活用して飲み忘れを防いだり、薬を嫌がる理由を深掘りして解決策を一緒に考えたりします。

毎日の体重測定が入院を防ぐ最強の武器になる理由をご存じですか?

在宅での心不全管理において、高価な医療機器よりも重要と言えるのが、実はどこの家庭にもある「体重計」です。

心不全が悪化して体に水が溜まり始めるとき、自覚症状が出るよりも先に、必ず体重が増加します。つまり、体重の変化は心臓からのSOSサインなのです。

訪問診療医が毎日診察することは物理的に不可能ですが、体重測定はご自宅で毎日行うことができます。このシンプルな習慣こそが、入院を回避するための最強の武器となります。

なぜたった1キロの体重増加を見逃してはいけないのか

健康な人にとって1〜2kgの体重変動は誤差の範囲かもしれませんが、心不全患者さんにとっては緊急事態の予兆です。

短期間、例えば数日で2kg以上の体重増加が見られた場合、それは脂肪や筋肉がついたのではありません。

間違いなく体内に「水」が溜まっていることを意味します。この段階ではまだ息苦しさを感じていない場合も多いですが、肺や心臓には確実に負担がかかり始めています。

この「症状が出る前の体重増加」の段階で対処できれば、薬の微調整だけで改善し、入院を防げます。

逆に、息苦しくなってからでは入院が必要になる可能性が高まります。

正確なデータを取るために守るべき測定のタイミング

体重は食事や排泄、着衣の重さによって簡単に変動します。心不全の管理として意味のあるデータを取るためには、「同じ条件」で測り続けることが大切です。

理想的なのは「起床後、排尿を済ませて、朝食を食べる前」です。このタイミングであれば、前日の食事の影響がリセットされ、純粋な体内の水分状態を反映しやすくなります。

また、パジャマの重さも毎日ほぼ一定であるため、誤差が少なくなります。

毎日決まった時間に測り、カレンダーや手帳に記録する習慣をつけることが、治療への参加意識を高めることにもつながります。

正しい体重測定のためのチェックリスト

  • 朝起きてトイレ(排尿)を済ませた直後に測る
    体内の水分量が最も安定しているタイミングです。朝食前に測るのが鉄則です。
  • 毎日同じ服装(パジャマなど)で測る
    冬場の厚着などは体重に大きく影響します。風袋(服の重さ)を一定にするか、引いて記録します。
  • 体重計は硬くて平らな床の上に置く
    畳や絨毯の上では正確な数値が出ません。フローリングや洗面所の床で測ります。
  • 0.1kg単位(100g単位)まで記録する
    大まかな数字ではなく、細かい変化を追うことが早期発見につながります。
  • 測定を忘れても翌日から再開する
    1日忘れたからといって諦めず、継続することが大切です。
  • 前日の塩分摂取や水分摂取量もメモする
    「昨日はしょっぱいものを食べたから増えた」などの原因分析に役立ちます。

記録した体重の変化をいつ、どのように医師に伝えるべきか

記録した体重は、訪問診療の際に医師に見せるだけでなく、急激な変化があった場合にはすぐに連絡を入れる基準として使います。

例えば、「普段の体重より2kg増えたら電話する」「3kg増えたら緊急連絡」といった具体的なルールを主治医と決めておきます。

伝える際は、「今の体重」だけでなく、「いつから増え始めたか」「足のむくみや息切れはあるか」などの情報も重要です。

また、「便秘はしていないか」などの情報も合わせて伝えると、医師はより的確な判断ができます。

訪問看護師が介入している場合は、連絡ノートを活用して日々の変動をグラフ化してもらうのも非常に有効な手段です。

医師は診察で身体のどこを見て薬の量を決めているのでしょうか?

訪問診療の現場では、病院のような即時のレントゲンやCT検査はできません。そのため、医師は患者さんの身体から発せられる微細なサインと、日々の生活記録(体重や血圧)を頼りに、非常に繊細な薬の調整を行います。

この「さじ加減」こそが在宅医の腕の見せ所であり、患者さんの生活の質(QOL)を守るための重要な医療行為となります。

画一的なマニュアルではなく、その人の体質や生活背景に合わせたオーダーメイドの調整が行われます。

浮腫の程度や呼吸音の変化から体液量を評価するプロの視点

医師は診察時、まず足のすね(前脛骨部)を指で押して、むくみの戻り具合を確認します。これを「圧痕性浮腫」のチェックと言い、水分の溜まり具合を物理的に評価します。

さらに、聴診器で胸の音を聞き、肺に水が溜まる音(ラ音)がしないか、心臓の音に雑音やリズムの乱れがないかを確認します。

また、首の静脈の張り具合(頸静脈怒張)を見て、右心系の負担を推測します。

これらの身体所見と、ご本人の「横になると苦しい」「夜中にトイレに起きる回数が増えた」といった自覚症状を統合し判断します。現在の体液量が適正か、過剰かを瞬時に見極めているのです。

血液検査データと腎機能のバランスを見極める難しさ

利尿剤は諸刃の剣です。水を引けば心臓は楽になりますが、効きすぎれば脱水になり、腎臓への血流が減って腎機能が悪化してしまいます。

また、血圧が下がりすぎてふらつきや転倒を招くリスクもあります。

訪問診療では定期的に在宅での採血を行い、BUN(尿素窒素)やクレアチニン、電解質の数値をチェックします。

例えば、BUNだけが上昇している場合は脱水のサインである可能性が高いため、利尿剤を少し減らす判断をします。

逆に、腎機能が悪化していても心不全によるうっ血が原因であれば、あえて利尿剤を強めて腎機能を改善させるケースもあります。

このように、高度な判断のもとで治療方針が決定されます。

利尿剤調整の判断基準となるサイン

判断の方向性身体所見・症状のサイン検査データの傾向
利尿剤が不足している
(増量が必要な状態)
・体重が急激に増加している
・足の甲やすねを押すと指の跡が残る
・夜間に息苦しくて目が覚める(起座呼吸)
・首の血管が張っている
・BNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド)の上昇
・胸部レントゲンでの心拡大や肺うっ血
・低ナトリウム血症(希釈性)
利尿剤が効きすぎている
(減量が必要な状態)
・体重が目標より減りすぎている
・立ちくらみやふらつきがある
・口の中が乾いている(口腔内乾燥)
・皮膚に張りがない(ツルゴール低下)
・BUN(尿素窒素)の上昇とBUN/Cre比の開大
・尿酸値の上昇
・血清カリウム値の異常(低下または上昇)
・血圧の低下
適正な状態
(維持が望ましい)
・「ドライウェイト」付近で体重が安定
・呼吸が楽で、夜もぐっすり眠れる
・日中の活動量や食欲が保たれている
・腎機能データが安定している
・電解質バランスが正常範囲内

脱水を防ぎつつ心不全を悪化させないギリギリの攻防

特に高齢者の場合、喉の渇きを感じにくいため、利尿剤による脱水リスクは常に隣り合わせです。

夏場は発汗が増えるため利尿剤を減量し、冬場は溜め込みやすくなるため増量するといった季節ごとの調整も必要です。

また、食欲が落ちている時に普段通りの利尿剤を飲むと急激に血圧が下がる場合もあります。

医師は、次回の訪問までの期間を予測し、予備の指示を出すときがあります。「体重が〇kg増えたら利尿剤を半錠追加してください」「逆に〇kg減ったら1回休んでください」といった指示です。

これを「スライディングスケール」と呼び、患者さんや家族が自身で微調整できるようにして、リアルタイムでの変動に対応します。

薬に頼らず食事と水分の工夫で心臓を守る方法はあるのでしょうか?

いくら優れた利尿剤を使っていても、蛇口から水が出しっぱなしの状態では意味がありません。つまり、塩分や水分を摂りすぎていては、心不全のコントロールは不可能です。

食事療法は、薬物療法と同じくらい、あるいはそれ以上に重要です。在宅療養では、厳格すぎる制限は生活の楽しみを奪い継続困難になるため、継続可能な「ゆるやかな制限」と「工夫」が求められます。

塩分を控えると利尿剤の効果が高まる意外な理由

塩分(ナトリウム)には、水を体内に引き寄せて離さない性質があります。塩分を多く摂ると、体液の塩分濃度を薄めようとして体が水を溜め込み、喉も乾いて水分摂取量が増えます。

この状態では、利尿剤が一生懸命水分を出そうとしても、塩分の「水を溜め込む力」が勝ってしまい、薬の効果が打ち消されてしまいます。

逆に言えば、塩分を控えるだけで利尿剤の効きが良くなり、薬の量を減らせる可能性も出てきます。

1日6g未満という目標は厳しいものですが、まずは「汁物を残す」「漬物を控える」といった簡単なことから始めるだけで、大きな変化が期待できます。

飲みすぎを防ぎつつ必要な水分を摂る上手なバランスの取り方

心不全だからといって、一律に水分を制限すれば良いわけではありません。過度な水分制限は脱水や脳梗塞のリスクを高めます。

重症度によりますが、一般的には1日1000ml〜1200ml程度を目安にする場合が多いです。

ポイントは、お茶や水だけでなく、果物やゼリー、服薬時の水なども水分量としてカウントすることです。

ペットボトルや水筒に1日分の飲み物を用意し、そこから飲むようにすると、自分がどれくらい飲んだかを可視化できます。飲みすぎを防ぐ良い方法です。

また、氷を舐めて口の渇きを癒やすのも、水分量を抑える良いテクニックです。

隠れ塩分に気づき減塩でも美味しく食べるための調理テクニック

「塩味」を減らすと食事が味気なく感じられ、食欲低下につながるのは避けなければなりません。

減塩のコツは、塩や醤油の代わりになる「酸味(酢、レモン)」や「香り」の活用です。シソ、生姜、ニンニク、ハーブなどは、塩分を含まずに風味を豊かにし、満足感を高めてくれます。

また、カツオや昆布などの「出汁」を濃いめにとるのも効果的です。

加工食品(ハム、練り物)やパン、麺類には想像以上に塩分が含まれています。これらを控えるだけでも、自然と減塩になります。

在宅ならではの楽しみとして、たまには好きなものを少しだけ食べ、その前後の食事で調整するといったメリハリも、長く続ける秘訣です。

意外と見落としがちな「隠れ塩分」食品リスト

  • パン・麺類
    食パン1枚にも約0.8g、うどん1玉にも塩分が含まれています。主食をご飯にするだけで塩分は減らせます。
  • 練り製品・加工肉
    かまぼこ、ちくわ、ハム、ウインナーは塩分の塊です。保存性を高めるために多くの塩が使われています。
  • スポーツドリンク
    「体に良い」と思って飲みがちですが、かなりの塩分と糖分が含まれています。水やお茶での水分補給が基本です。
  • 調味料(顆粒だし・ドレッシング)
    即席の顆粒だしやノンオイルドレッシングにも塩分は多いです。天然だしやマヨネーズ(塩分は比較的少ない)を上手く使いましょう。
  • 寿司・刺身
    ネタそのものではなく、つける醤油の量が多くなりがちです。スプレー醤油を使うと少量でも舌で塩気を感じられます。

手遅れになる前に気づきたい心不全悪化の危険なサインとは?

心不全の悪化は、ある日突然起こるように見えて、実は数日前からいくつかのサインを出しています。

この「イエローカード」の段階で気づき、訪問診療医に連絡を入れられるかが重要です。それによって、自宅で過ごし続けられるか、救急搬送されるかの運命が分かれます。

ご本人だけでなく、毎日顔を合わせるご家族やヘルパーさんが、普段と違う様子に敏感になることが大切です。

「横になると苦しい」起座呼吸は緊急性が高い危険な兆候

最も注意すべき症状の一つが「起座呼吸(きざこきゅう)」です。これは、体を横にして寝ると息苦しくなり、起き上がって座ると呼吸が楽になる状態を指します。

横になると下半身に溜まっていた水分が胸に戻り、肺が水浸しのような状態になるために起こります。

「最近、枕を高くしないと眠れない」「夜中に咳き込んで起きてしまい、座って休むと治る」といったエピソードがあれば要注意です。

心不全がかなり進行しているサインですので、様子を見ずに、すぐに医療機関への連絡が必要です。

短期間での急激な体重増加が示す警告

前述の通り、体重は最も正直な指標です。具体的には「1日で1kg以上の増加」、あるいは「3日間連続で増え続け、トータルで2kg以上増えた」場合などは、明らかに水分貯留が進んでいます。

また、足のすねや甲を指で5秒間強く押して、指を離しても窪みが戻らない場合も、強いむくみがある証拠です。

靴がきつくなった、靴下の跡がくっきり残って消えない、といった生活の中での変化も重要なサインです。

症状レベル別・対応アクションプラン(心不全信号機)

信号レベル具体的な症状・サイン取るべき行動
赤信号
(緊急)
・安静にしていても息が苦しい
・横になれない(座っていないと呼吸できない)
・冷や汗が出る、唇が紫色になる
・意識がもうろうとしている
ためらわずに救急車を呼ぶか、
訪問診療の緊急連絡先に即時連絡してください。
黄信号
(注意)
・数日で2kg以上の体重増加
・動くと息切れが強くなった
・足のむくみがひどい
・夜間の咳や頻尿が増えた
・食欲が落ちてきた
翌日を待たずに、診療所の連絡先に電話相談してください。
利尿剤の臨時追加や早期の往診が必要な可能性があります。
青信号
(安定)
・体重の変化がない(ドライウェイト付近)
・むくみがない、または軽い
・夜ぐっすり眠れる
・食事が美味しく食べられる
現在の生活習慣と服薬を継続しましょう。
次回の定期訪問まで記録を続けてください。

食欲不振や動悸など見逃しやすいその他の自覚症状

息苦しさ以外にも、心不全の悪化サインはあります。意外と多いのが「食欲不振」や「お腹の張り」です。

これは胃や腸の壁がむくんで消化機能が落ちたり、肝臓がうっ血して腫れて胃を圧迫したりするために起こります。「風邪でもないのに食欲がない」は要注意です。

また、安静にしているのに脈が速い、動悸がするといった症状も、心臓が弱ったポンプ機能を補おうとして無理をしている証拠かもしれません。

高齢者の場合、はっきりした症状を訴えず、「なんとなく元気がない」「日中ずっとウトウトしている」といった活動性の低下として現れるケースもあります。

医師以外にもたくさんの専門職が在宅生活を支えていることを知っていますか?

在宅医療は医師一人で行うものではありません。訪問看護師、訪問薬剤師、ケアマネジャー、ヘルパーなどがチームとなって患者さんの生活を支えます。

特に心不全管理においては、多職種がそれぞれの専門性を活かして情報を共有し、役割分担をすることが重要です。これが、再入院予防の強固なセーフティーネットとなります。

患者さんやご家族も、このチームの一員として積極的に情報を発信しましょう。

訪問看護師によるきめ細やかな体調チェックと生活指導の重要性

訪問看護師は、医師よりも高頻度で患者さん宅を訪問できます。彼らは、血圧や脈拍の測定といった医療的なチェックだけでなく、入浴介助や清拭を行いながら全身の皮膚の状態やむくみの有無を観察します。

また、「薬が飲みにくくないか」「食事の味付けが濃くなっていないか」など、生活に密着した視点で指導を行います。

看護師が気づいた「ちょっとした変化」が医師に報告され、早期の薬の調整につながるケースは数え切れません。看護師は、患者さんと医師をつなぐ最も重要な架け橋です。

薬剤師による服薬管理のサポートと副作用のモニタリング

多くの薬を飲んでいる心不全患者さんにとって、薬の管理は大きな負担です。訪問薬剤師は、自宅に残っている薬(残薬)の数を数えて飲み忘れがないか確認します。

また、複数の薬を「朝の分」「夕方の分」と一包化して飲みやすくしたりする提案も行います。さらに、新しい利尿剤が始まった際などに、副作用が出ていないかを確認するのも薬剤師の役割です。

医師には直接言いにくい薬の悩みや疑問も、薬剤師になら相談しやすいという患者さんも多く、服薬の継続率向上に大きく貢献します。

家族の負担を軽減し患者さん本人が安心して過ごせる環境づくり

在宅療養を支えるご家族の精神的・身体的負担は計り知れません。「自分がしっかり見守らなければ」と追い詰められてしまうときもあります。

医療チームは、患者さんだけでなく、ご家族のサポーターでもあります。介護サービスの適切な導入や、レスパイト(介護者の休息)のためのショートステイ利用などをケアマネジャーと相談し、家族が共倒れにならない環境を整えます。

家族が笑顔でいることは、患者さんの精神的な安定に直結し、結果として心不全の安定にも良い影響を与えます。

訪問看護師やスタッフに伝えると役立つ情報

  • 昨夜の睡眠状況
    「夜中にトイレに3回起きた」「枕を高くして寝た」など、具体的な睡眠の質は心不全の状態を反映します。
  • 食事の摂取量と内容
    「半分残した」「漬物をたくさん食べた」など。塩分摂取の推測に役立ちます。
  • 排泄の状況
    「尿の出が悪い気がする」「便秘が3日続いている(いきむと心臓に負担がかかるため)」など。
  • 活動範囲の変化
    「いつもはトイレまで歩けるのに、今日はポータブルトイレを使った」「着替えを嫌がった」など、労作時のしんどさを伝えます。
  • 気分の変化
    「なんとなくイライラしている」「不安そうにしている」といった精神状態も重要な情報です。

よくある質問

慢性心不全の訪問診療において利尿剤の調整はどのくらいの頻度で行いますか?

患者さんの状態により異なりますが、病状が不安定な時期は週に1回の訪問ごとに微調整を行う場合もありますし、電話連絡を受けてその都度指示を出すときもあります。

状態が安定していれば、2週間に1回の定期訪問での確認となります。

ただし、体重の増減があれば、次回の訪問を待たずに電話で利尿剤の増減を指示する「遠隔的な調整」も頻繁に行われます。常にリアルタイムでの対応を心がけています。

訪問診療で慢性心不全の高齢者が体重測定を嫌がる場合はどうすればよいですか?

無理強いは禁物ですが、測定の負担を減らす工夫が必要です。

例えば、洗面所まで行くのが大変ならリビングに体重計を置く、手すり付きの体重計を利用する、あるいは訪問看護師が来た時だけ一緒に測る、といった方法から始めます。

「体重を測ることは、薬を減らすチャンスを見つけるためですよ」とポジティブな目的を伝えると、協力が得られる場合もあります。

どうしても難しい場合は、見た目のむくみや症状の変化をより注意深く観察します。

慢性心不全の在宅療養中に利尿剤が効きすぎている脱水サインは何ですか?

主なサインは、立ちくらみ、ふらつき、強い口の渇き、皮膚の乾燥(手の甲をつまんでもすぐに戻らない)、脇の下が乾燥している、尿の色が濃くなる、などです。

また、高齢者の場合は「ぼーっとしている」「つじつまが合わないことを言う」といった意識障害のような症状が脱水によって引き起こされるケースもあります。

これらの兆候が見られた場合は、すぐに水分を摂り、主治医に相談して利尿剤の減量を検討する必要があります。

訪問診療を受けている慢性心不全患者が急に息苦しくなった時の対応はどうしますか?

まずは背中をさすりながら、上半身を起こして座らせる(起座位をとる)か、背中にクッションを入れて高くして寝かせてください。

これにより心臓への血液の戻りが減り、呼吸が少し楽になります。その上で、すぐに訪問診療の緊急連絡先に電話をしてください。

医師の指示を仰ぐか、意識がない、冷や汗をかいている、顔色が悪いなどの緊急性が高い場合は、迷わず救急車を呼んでください。

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この記事を書いた人

新井 隆康のアバター 新井 隆康 富士在宅診療所 院長

医師
医療法人社団あしたば会 理事長
富士在宅診療所 院長
順天堂大学医学部卒業(2001)
スタンフォード大学ポストドクトラルフェロー
USMLE/ECFMG取得(2005)
富士在宅診療所開業(2016)

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