在宅患者さんのペースメーカー・ICD – 訪問診療での効果的な管理方法

在宅患者さんのペースメーカー・ICD - 訪問診療での効果的な管理方法

ご自宅で療養されている方の中には、心臓の働きを助けるペースメーカーやICD(植込み型除細動器)を使用している方がいらっしゃいます。

これらの医療機器は、日々の生活を支える上で非常に重要な役割を果たしますが、同時に定期的な管理も必要です。

この記事では、訪問診療におけるペースメーカーやICDの効果的な管理方法について、基礎知識から日常生活での注意点、緊急時の対応まで、分かりやすく解説します。

ご自身やご家族が該当する場合、この記事が少しでもお役に立てれば嬉しいです。

目次

ペースメーカー・ICDの基礎知識

ペースメーカーとICDの違いと役割

心臓は、体全体に血液を送り出すポンプの役割を担っています。このポンプ機能が正常に働くためには、心臓が規則正しく収縮と拡張を繰り返す必要があります。

しかし、何らかの原因で心臓の電気刺激がうまく伝わらなくなると、脈が遅くなったり(徐脈性不整脈)、速くなったり(頻脈性不整脈)、または不規則になったりします。

ペースメーカーは、主に脈が遅くなる徐脈性不整脈に対して使用する医療機器です。心臓の動きを常に監視し、脈が設定された数値を下回った場合や、心臓のリズムが乱れた場合に、電気刺激を送って心臓の収縮を助け、適切な脈拍を維持します。

これにより、めまいや息切れ、失神といった症状の改善が期待できます。

一方、ICD(植込み型除細動器)は、命に関わるような速い不整脈(心室頻拍や心室細動など)を治療するための医療機器です。ICDは、危険な頻脈を感知すると、まず抗頻拍ペーシングという弱い電気刺激で不整脈を止めようと試みます。

それでも不整脈が止まらない場合には、電気ショック(除細動)を行って心臓のリズムを正常に戻します。これにより、突然死のリスクを減らすことができます。多くのICDには、ペースメーカーの機能も備わっています。

ペースメーカーとICDの主な違い

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項目ペースメーカーICD(植込み型除細動器)
主な対象徐脈性不整脈(脈が遅い)頻脈性不整脈(命に関わる脈が速いもの)
主な機能電気刺激で心拍を補助電気ショックで危険な不整脈を停止
目的症状改善、QOL向上突然死の予防

在宅患者さんに多いデバイス関連の問題

植込み型デバイスは長期間にわたり体内で機能しますが、時として問題が生じることがあります。在宅で療養されている患者さんでは、以下のような問題に注意が必要です。

  • リード線の問題 リード線が断線したり、心臓内の位置がずれたりすることがあります。これにより、ペーシングやセンシングがうまく機能しなくなることがあります。
  • 電池消耗 デバイス本体には電池が内蔵されており、その寿命はデバイスの種類や設定、使用状況によって異なりますが、一般的には数年から10数年程度です。電池が消耗すると、デバイスの機能が低下するため、定期的なチェックと計画的な交換手術が必要です。
  • 感染症 デバイスを植え込んだ胸のポケット部分やリード線に沿って細菌が感染することがあります。発熱、植込み部位の発赤、腫れ、痛み、膿が出るなどの症状が現れた場合は、速やかな対応が必要です。
  • 不適切な作動 まれに、ICDが実際には危険な不整脈ではないにもかかわらず、それを誤認してショックを作動させてしまうこと(不適切ショック)があります。また、逆に必要な場面で作動しないこともあり得ます。
  • 皮膚トラブル 植込み部位の皮膚が薄くなったり、デバイス本体やリードが皮膚を刺激して痛みやびらん(ただれ)が生じたりすることがあります。

これらの問題は、定期的なデバイスチェックや患者さんの自覚症状から早期に発見できる場合があります。

デバイス管理が必要な理由と重要性

植込み型心臓デバイスは、患者さんの生命維持や生活の質の向上に大きく貢献します。しかし、これらのデバイスが常に正しく機能し続けるためには、定期的な専門家による管理がとても重要です。

デバイス管理の主な目的は以下の通りです。

  • デバイスの正常な作動確認 バッテリー残量、リード線の状態、ペーシングやセンシングの設定が適切であるかを確認し、デバイスが患者さんの状態に合わせて最適に機能しているかを評価します。
  • 不整脈イベントの把握 デバイスには、発生した不整脈の種類や頻度、治療の履歴などを記録する機能があります。これらの情報を分析することで、患者さんの状態変化を把握し、治療方針の見直しに役立てます。
  • 合併症の早期発見と対応 リード不全、感染症、電池消耗などの問題を早期に発見し、重篤化する前に対処することで、患者さんの安全を守ります。
  • 患者さんの不安軽減とQOL維持 デバイスに関する疑問や不安に対応し、適切な情報提供や生活指導を行うことで、患者さんが安心して日常生活を送れるよう支援します。

特に在宅療養中の患者さんにとっては、通院の負担なく、住み慣れた環境でこれらの管理を受けられる訪問診療が、大きな支えとなることがあります。

訪問診療におけるデバイス管理の実際

訪問診療でのデバイスチェックの方法

訪問診療におけるデバイスチェックは、患者さんのご自宅で行います。基本的には病院の外来で行うチェックと同様の内容を実施します。

問診と視診・触診

まず、患者さんの自覚症状について詳しく伺います。動悸、息切れ、めまい、失神、胸痛などの症状の有無や変化、ICDの作動(ショック)があったかどうかなどを確認します。

また、デバイスを植え込んだ部位の状態(発赤、腫脹、疼痛、熱感、びらん、デバイス本体の突出などがないか)を観察し、触って確認します。

プログラマーを用いたデバイスチェック

次に、各デバイスメーカー専用の「プログラマー」という機械を使用して、デバイス本体と無線通信を行い、詳細な情報を読み取ります。

プログラマーのヘッド部分を、患者さんの胸の植込み部位の皮膚の上から当てて行います。痛みはありません。

プログラマーで確認する主な項目は以下の通りです。

  • バッテリーの状態 電池の電圧や予測寿命を確認します。交換時期が近づいていないか評価します。
  • リード線の状態 リード線の抵抗値(インピーダンス)やセンシング(心臓の電気信号を感知する能力)、ペーシング閾値(心臓を刺激するのに必要な最小の電気量)などを測定し、リード線に問題がないか確認します。
  • ペーシングの割合 実際にデバイスがどのくらいの頻度でペーシングを行っているかを確認します。
  • 不整脈イベントの記録 デバイスが記録した不整脈の種類、頻度、持続時間、治療の有無(ICDの場合のショック作動など)を確認します。これにより、無症状の不整脈を発見できることもあります。
  • 現在の設定内容 ペーシングモードやレート、各種パラメーターが患者さんの状態に適しているかを確認します。

これらのチェック結果に基づき、必要に応じてデバイスの設定を調整することもあります。

必要な機器と準備

訪問診療でデバイスチェックを行うためには、いくつかの専門的な機器が必要です。

その他、緊急時に備えて救急カート(薬剤や蘇生器具など)を準備している医療機関もあります。

また、患者さん側には、ペースメーカー手帳やICD手帳をご準備いただくと、過去の治療歴やデバイス情報が確認でき、スムーズなチェックに繋がります。

デバイスチェックの頻度と診療報酬

デバイスチェックの頻度は、患者さんの状態、デバイスの種類、電池の予測寿命などによって異なりますが、一般的には3ヶ月から6ヶ月に一度程度行うことが多いです。

ただし、何か症状がある場合や、遠隔モニタリングで異常が疑われる場合には、これより短い間隔でチェックを行うこともあります。

訪問診療でペースメーカーやICDの管理を行った場合、所定の診療報酬が算定されます。これには、植込み型心臓ペースメーカー指導管理料や植込み型除細動器指導管理料などが含まれます。

具体的な費用については、利用する医療機関にご確認ください。

在宅でのデバイスチェックのメリット

在宅、つまりご自宅でデバイスチェックを受けることには、患者さんやご家族にとっていくつかのメリットがあります。

通院と在宅チェックの主な比較

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比較項目通院でのチェック在宅でのチェック(訪問診療)
移動の負担あり(交通手段の手配、移動時間)なし
待ち時間発生することが多い比較的少ない(予約時間に訪問)
環境病院・クリニック住み慣れた自宅
感染リスク院内感染の可能性比較的低い
家族の同席付き添いが必要な場合がある容易

特に、高齢の方や、お一人での通院が難しい方、寝たきりの方などにとっては、通院に伴う身体的・精神的な負担を大幅に軽減できます。

また、病院という慣れない環境ではなく、リラックスできるご自宅でチェックを受けられるため、精神的な安心感も得やすいでしょう。

さらに、院内感染などのリスクを避けられるという点もメリットの一つです。

専門医との連携体制の構築

訪問診療でペースメーカーやICDの管理を行う際には、デバイスを植え込んだ病院の循環器専門医や、デバイス治療を専門とする医師との密な連携が非常に重要です。

訪問診療医は、定期的なデバイスチェックの結果や患者さんの状態変化について、専門医と情報を共有します。

例えば、デバイスの設定変更が必要と判断された場合や、リード不全、電池消耗の兆候が見られた場合などには、専門医に相談し、指示を仰ぎます。

また、緊急時や、より専門的な判断が必要な場合には、速やかに専門医のいる医療機関へ紹介できる体制を整えておくことが大切です。

患者さんやご家族が安心して在宅療養を続けるためには、訪問診療医と専門医がチームとして連携し、一貫した医療を提供できる体制が求められます。

遠隔モニタリングシステムの活用

遠隔モニタリングの仕組みと導入方法

遠隔モニタリングシステムは、患者さんのご自宅にいながら、植え込まれたペースメーカーやICDの情報を医療機関に送信し、医師がその情報を確認できる仕組みです。これにより、よりきめ細やかなデバイス管理が可能になります。

具体的には、患者さんのご自宅に専用の送信機(トランスミッターやコミュニケーターと呼ばれることもあります)を設置します。

遠隔モニタリングを導入する際には、まず医師からその必要性やメリット、注意点などについて十分な説明を受けます。患者さんとご家族が理解し同意された上で、送信機の設置や操作方法の説明が行われます。

送信機の操作は比較的簡単なものが多く、特別な知識は必要ありません。

各メーカーの遠隔モニタリングシステムの特徴

ペースメーカーやICDを製造している主要な医療機器メーカーは、それぞれ独自の遠隔モニタリングシステムを提供しています。

基本的な機能は共通していますが、細かな特徴や操作性、レポートの表示方法などに違いがあります。

どのメーカーのシステムを利用するかは、植え込まれているデバイスの種類によって決まります。詳細については、担当の医師や医療機関にお尋ねください。

遠隔モニタリングによる早期異常検知の利点

遠隔モニタリングシステムを活用することには、多くの利点があります。特に重要なのは、デバイスの不具合や患者さんの状態変化を早期に検知できる可能性が高まることです。

  • 不整脈イベントの早期発見 無症状の心房細動や、危険な心室性不整脈の発生などを、次の外来受診を待たずに把握できることがあります。
  • デバイス関連の問題の早期発見 リード線の異常や電池消耗の兆候などを早期に捉え、計画的な対応を可能にします。
  • ICDの不適切作動の低減 一部のシステムでは、不適切作動の危険性を事前に察知し、設定変更などの対策を講じるのに役立つ情報を提供します。
  • 早期介入による重症化予防 問題を早期に発見し対処することで、心不全の悪化や脳卒中などの合併症を防ぎ、入院のリスクを減らすことが期待できます。
  • 計画外受診の減少と通院負担の軽減 安定している患者さんでは、遠隔モニタリングを活用することで、一部の定期受診の間隔を延ばせる場合があります(医師の判断によります)。
  • 患者さんの安心感向上 常に医療機関に見守られているという安心感が得られ、QOLの向上に繋がることがあります。

ただし、遠隔モニタリングはあくまで医療従事者による診断・治療を補助するものであり、緊急時の連絡手段ではありません。体調に異変を感じた場合は、速やかに医療機関に連絡するか、救急要請をする必要があります。

在宅患者さんの生活指導と注意点

日常生活での注意事項

ペースメーカーやICDを植え込んだ後も、多くの場合は以前と変わらない日常生活を送ることができます。しかし、いくつか注意していただきたい点があります。

日常生活で気をつけること

デバイスを植え込んだ側の腕の激しい運動(ゴルフのフルスイング、重いものを持ち上げるなど)は、術後しばらくは避けるように指示されることがあります。

また、植込み部位を強く圧迫したり、叩いたり、揉んだりしないようにしましょう。シートベルトは通常通り装着できますが、食い込みが気になる場合は、柔らかいパッドなどを挟むと良いでしょう。

植込み部位への配慮

植込み手術の傷が完全に治癒すれば、入浴は問題ありません。ただし、長時間の熱いお風呂やサウナは、血圧の変動や脱水を引き起こしやすいため、医師に相談してください。

運動

適度な運動は推奨されますが、ラグビーや柔道のような身体的接触の激しいスポーツや、胸部を強打する可能性のあるスポーツは避けた方が良い場合があります。

どのような運動が可能かは、必ず医師に確認しましょう。

自動車運転

多くの場合は運転可能ですが、ICD植込み後やショック作動後など、一定期間運転が制限されることがあります。

また、意識消失発作の既往がある場合なども制限されることがありますので、必ず医師の許可を得てください。

旅行

国内外問わず旅行は可能です。旅行中は、ペースメーカー手帳またはICD手帳を必ず携帯しましょう。海外旅行の場合は、事前に英文の診断書や証明書を用意しておくと安心です。

また、万が一の際に受診できる医療機関を調べておくと良いでしょう。

緊急時の対応方法と患者教育

万が一、緊急事態が発生した場合に備えて、ご本人だけでなくご家族も対応方法を理解しておくことが重要です。

特にICDを植え込んでいる方で、ショック作動があった場合は、まず安静にして落ち着いてください。

  • 1回のショック作動で、その後症状が落ち着いている場合 かかりつけの医療機関に連絡し、指示を受けてください。多くの場合、近いうちに受診してデバイスチェックを行うことになります。
  • 短時間に複数回(例:2回以上)ショック作動があった場合
  • ショック作動後も意識が朦朧としている、強い胸痛や息苦しさが続く場合
  • 意識を失った場合(たとえショック作動がなくても)

上記のような場合は、ためらわずに救急車(119番)を呼んでください。救急隊員や搬送先の医師には、ICDを植え込んでいること、いつからどのような症状があるか、ショック作動の有無などを正確に伝えてください。ペースメーカー手帳やICD手帳も提示しましょう。

患者さん自身がこれらの情報を伝えられない場合に備え、ご家族や身近な方が、かかりつけ医療機関の連絡先、植え込んでいるデバイスの種類、普段飲んでいる薬などを把握しておくことも大切です。

家族への指導と協力体制の構築

在宅でペースメーカーやICDと共に生活する患者さんを支えるためには、ご家族の理解と協力が欠かせません。医療機関は、ご家族に対してもデバイスに関する情報提供や指導を行います。

ご家族に知っておいてほしいこと

例えば、めまい、息切れ、むくみ、意識状態の変化など、患者さんの体調の変化に気づくようになると、より安全に在宅療養生活ができるようになるでしょう。また、状態の急激な変化があった時の緊急時の対応に関しては、主治医と緊急要請の基準を話し合っておくと良いでしょう。

デバイス挿入状態が心配になる患者さんも多くいます。その際は不安や悩みに寄り添い、精神的な支えになることが大事なこともあります。

ご家族がデバイスや患者さんの状態について正しく理解することで、患者さんはより安心して療養生活を送ることができます。訪問診療の際には、ご家族も同席し、疑問や不安な点を遠慮なく医師や看護師に質問してください。

電磁干渉に関する生活上の注意点

ペースメーカーやICDは、外部からの強い電磁波の影響を受けると、誤作動したり、設定が変わってしまったりする可能性があります。これを電磁干渉といいます。

現在のデバイスは電磁干渉対策が強化されていますが、日常生活でいくつか注意が必要なものがあります。

電磁干渉の可能性がある主な電気製品と注意点

電気製品の種類注意点・推奨される距離
携帯電話・スマートフォン植込み部位から15cm以上離して使用・携帯する。通話は反対側の耳で行う。胸ポケットに入れない。
IH調理器・IH炊飯器使用中は機器に不必要に近づきすぎない(特にIH調理器は30cm~50cm程度離れることが推奨される場合がある)。
低周波治療器・高周波治療器・電気風呂原則として使用を避ける。使用前に必ず医師に相談する。
強力な磁石(磁気ネックレス、磁気マットレスなど)植込み部位に近づけない。使用前に医師に相談する。
店舗などの盗難防止ゲート(EAS)中央を速やかに通り過ぎる。立ち止まらない。ゲートに寄りかからない。
空港の金属探知機手帳を提示し、係員の指示に従う。手による検査(ボディチェック)を依頼することも可能。

一般的な家電製品(テレビ、ラジオ、パソコン、電子レンジ、ドライヤー、電気毛布など)は、通常の使用方法であれば問題ないとされています。

ただし、製品の取扱説明書も確認し、万が一、使用中にめまいや動悸などの症状が出た場合は、すぐにその製品から離れて医師に相談してください。

医療機関で受ける検査や治療(MRI検査、電気メス、放射線治療など)の中には、デバイスに影響を与えるものがあります。必ず事前に医師や検査技師にペースメーカーやICDを植え込んでいることを伝えてください。

最近では「条件付きMRI対応デバイス」も増えており、一定の条件下であればMRI検査が可能な場合があります。

終末期におけるデバイス管理の特殊性

人生の最終段階(終末期)を迎えた患者さんにとって、ペースメーカーやICDの管理は、延命効果だけでなく、QOL(生活の質)や尊厳といった観点から、特別な配慮が求められます。

終末期におけるデバイス設定の見直し

終末期においては、患者さんの状態や意向を踏まえ、デバイスの設定を見直すことがあります。

例えば、ペースメーカーのレートレスポンス機能(身体活動に合わせて心拍数を変動させる機能)が、かえって患者さんの苦痛を増大させる可能性がある場合には、この機能をオフにすることを検討します。

また、心不全の進行によりペーシングが有効でなくなった場合などにも、設定の変更を考慮します。

重要なのは、患者さん本人の意思を最大限に尊重し、苦痛の緩和を最優先に考えることです。

ICDの除細動機能停止に関する意思決定支援

ICDの主な目的は突然死の予防ですが、終末期においては、この除細動機能(電気ショック)が、患者さんに苦痛を与えるだけのものになる可能性があります。

例えば、がんの末期などで全身状態が悪化し、穏やかな看取りを希望されている場合に、ICDのショックが作動すると、患者さんやご家族にとって大きな精神的負担となることがあります。

そのため、患者さん本人やご家族と十分に話し合い、同意が得られた場合には、ICDの除細動機能を停止する(オフにする)という選択肢があります。

これは、死期を早めるものではなく、自然な経過を妨げる可能性のある治療を控えるという考え方に基づきます。

この意思決定は非常にデリケートな問題を含むため、医師は患者さんやご家族に対して、ICDの機能、停止した場合に起こりうること、停止しない場合に起こりうることなどを丁寧に説明し、十分な情報提供を行います。

そして、患者さんの価値観や人生観、希望する最期のあり方などを尊重しながら、共に考える姿勢が重要です。アドバンス・ケア・プランニング(ACP)を通じて、事前に話し合っておくことも有効です。

患者・家族との話し合いの方法

終末期のデバイス管理、特にICDの機能停止に関する話し合いは、患者さんやご家族にとって非常に重要かつ感情的なテーマです。医療者は以下の点に留意して話し合いを進めます。

  • タイミング 患者さんの状態が比較的落ち着いており、意思表示ができる時期に、余裕をもって話し合いを始めることが望ましいです。
  • 場所と参加者 患者さんが安心できる環境で、信頼できる家族や医療者が同席して行います。
  • 分かりやすい説明 専門用語を避け、平易な言葉で、図や資料なども活用しながら、デバイスの役割、現状、今後の見通し、選択肢について説明します。
  • 傾聴と共感 患者さんやご家族の不安、疑問、希望、価値観などを丁寧に聴き、その感情に寄り添います。
  • 繰り返しの機会 一度の話し合いで結論を出す必要はありません。時間をかけて繰り返し話し合い、考える時間を持つことが大切です。
  • 多職種連携 医師だけでなく、看護師、ソーシャルワーカー、心理士など、多職種が連携してサポートします。

この話し合いの目的は、医療者が一方的に方針を決めるのではなく、患者さんとご家族が納得のいく最善の選択をできるよう支援することです。

緩和ケアとデバイス管理の両立

終末期においては、苦痛の緩和を目的とした緩和ケアが中心となります。デバイス管理も、この緩和ケアの目標と調和する形で行う必要があります。

例えば、ICDのショック機能を停止することは、終末期の苦痛なショックを回避し、穏やかな看取りを支援するという点で、緩和ケアの目標に合致すると考えられます。一方で、ペースメーカーによるペーシングが、息切れなどの症状緩和に寄与している場合には、その機能を維持することがQOL向上に繋がることもあります。

患者さんの個別の状況に応じて、どのデバイス機能が現在のQOLに貢献し、どの機能が苦痛の原因となりうるのかを慎重に評価し、緩和ケアチームとも連携しながら、最適なデバイス管理の方針を決定していきます。

倫理的配慮と事前指示

終末期のデバイス管理、特に治療の差し控えや中止に関する決定は、倫理的な側面からの慎重な検討が必要です。最も重要な原則は、患者さんの自己決定権の尊重です。患者さんが十分な情報に基づいて自らの意思で決定を下せるよう、医療者は支援します。

患者さんが将来、自分の意思を伝えられなくなる場合に備えて、事前に医療やケアに関する希望を表明しておく「事前指示書(リビングウィル)」や、信頼できる代理人を指名しておく「医療代理人委任状」などを作成している場合は、その内容を尊重します。

医療チーム内でも、倫理的な観点からカンファレンスを開き、多角的に検討することが重要です。患者さんにとって最善の選択とは何かを常に問い続け、その人らしい最期を支援するための倫理的な配慮が求められます。

よくある質問

ペースメーカーやICDを入れていても携帯電話は使えますか?

はい、ご使用いただけます。ただし、安全のため、植込み部位から15cm以上離して携帯し、通話の際は植込み部位と反対側の耳でお使いください。

シャツの胸ポケットなどに直接入れるのは避けるようにしましょう。スマートフォンの場合も同様の注意が必要です。

電子レンジは使っても大丈夫ですか?

一般的な家庭用の電子レンジであれば、通常の使用(扉を閉めて、数メートル離れて使用する)においては、ペースメーカーやICDに影響を与えることはほとんどありません。

ただし、作動中に不必要に近づいたり、扉を開けたまま使用したりすることは避けてください。もし使用中に気分が悪くなるようなことがあれば、すぐに離れて医師に相談しましょう。

空港の金属探知機は通れますか?

ペースメーカーやICDは金属部品を含んでいるため、空港の金属探知機に反応することがあります。

搭乗手続きの際に、係員にペースメーカー手帳またはICD手帳を提示し、指示に従ってください。多くの場合、金属探知ゲートを通らずに、手による検査(ボディチェック)を受けることになります。

訪問診療でのデバイスチェックは、病院でのチェックと何が違いますか?

訪問診療で行うデバイスチェックの内容は、基本的に病院の外来で行うものと同じです。

専用のプログラマーを使用して、デバイスの作動状況、電池の残量、リード線の状態、不整脈の記録などを確認します。

大きな違いは、患者さんのご自宅という住み慣れた環境でチェックを受けられる点です。これにより、通院の負担が軽減され、リラックスしてチェックを受けることができます。

ICDが作動したらどうすればよいですか?

まずは慌てずに安静にし、落ち着いてください。 もし1回の作動で、その後気分が悪くなければ、かかりつけの医療機関に連絡し、指示を受けてください。

短時間に複数回作動した場合や、作動後に意識が遠のく、強い胸痛や息切れが続くなどの症状がある場合は、ためらわずに救急車を呼んでください。

ご家族や周りの方は、患者さんがICDを植え込んでいることを救急隊に伝えてください。

遠隔モニタリングとは何ですか?必ず導入しないといけませんか?

遠隔モニタリングは、ご自宅に設置した専用の送信機を通じて、定期的にペースメーカーやICDの情報を医療機関に送信するシステムです。

これにより、医師は患者さんのデバイスの状態や不整脈の発生状況などを、来院時以外にも把握でき、異常の早期発見やより適切な治療計画に繋げることが期待できます。

導入は必須ではありませんが、患者さんの状態やデバイスの種類、生活環境などを考慮して、医師が必要と判断した場合に提案されます。

メリットやデメリットについてよく話し合い、納得した上で導入を検討してください。

終末期になったら、ICDのショック機能は止めてもらえますか?

はい、可能です。

終末期において、ICDによるショック治療が患者さんの苦痛を増大させるだけで、延命効果が期待できないと判断される場合、患者さんご本人やご家族の意向を尊重し、医師と十分に話し合った上で、ICDのショック機能を停止する(オフにする)設定に変更することができます。

これは、患者さんの尊厳を守り、穏やかな最期を迎えるための大切な選択肢の一つです。事前に意思表示をしておくことも重要です。

この記事をお読みいただき、ペースメーカーやICD、そして訪問診療での管理について、少しでもご理解が深まれば嬉しいです。

ご自身やご家族のことでご心配な点や、さらに詳しい情報が必要な場合は、どうぞお近くの医療機関や、かかりつけの医師にご相談ください。

今回の内容が皆様のお役に立ちますように。

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この記事を書いた人

新井 隆康のアバター 新井 隆康 富士在宅診療所 院長

医師
医療法人社団あしたば会 理事長
富士在宅診療所 院長
順天堂大学医学部卒業(2001)
スタンフォード大学ポストドクトラルフェロー
USMLE/ECFMG取得(2005)
富士在宅診療所開業(2016)

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