ご高齢になると、複数の病気を抱えやすくなることは少なくありません。
この記事では、私たちの体の中で各臓器が互いに情報を送り合い、影響し合う「臓器間クロストーク」という考え方と、それがご高齢の方々の多疾患管理、特に訪問診療においてどのように役立つのかを、できる限りわかりやすく解説します。
臓器間クロストークの基礎と高齢者医療における意義
臓器間クロストークとは – 異なる臓器間の情報交換と相互作用
私たちの体は、心臓、肺、腎臓、脳、消化管など、多くの臓器から成り立っています。
これらの臓器は、それぞれが独立して働いているように見えるかもしれませんが、実は互いに密接に連携し、情報を交換し合っています。
この異なる臓器間の情報伝達と相互作用を「臓器間クロストーク」と呼びます。
この情報交換には、ホルモン、神経伝達物質、サイトカイン(細胞から放出されるタンパク質で、免疫反応や炎症などに関与)といった様々な物質が関わっています。
これらの物質を通じて、ある臓器の状態が他の臓器の機能に影響を与え、体全体のバランスを保つように調整しています。
例えば、運動時に筋肉が活発に動くと、その情報が心臓や肺に伝わり、血流や呼吸を調整します。このように、臓器間クロストークは私たちが健康を維持するために欠かせない仕組みです。
高齢者の生理的特徴と臓器間クロストークの変化
年齢を重ねると、体の様々な部分に変化が現れます。これは臓器も例外ではなく、一般的に各臓器の機能は少しずつ低下し、若い頃に比べて予備能力(ストレスや負荷に対する耐久力)も小さくなります。
このような変化は、臓器間クロストークにも影響を及ぼします。
具体的には、情報伝達物質の産生量が減ったり、逆に過剰になったり、あるいは情報を受け取る側の臓器の感受性が鈍くなったりすることがあります。
その結果、臓器間の連携がスムーズに行かなくなり、一つの臓器の不調が他の臓器に波及しやすくなる傾向が見られます。
例えば、腎臓の機能が低下すると、薬の排泄が遅れて他の臓器に影響が出やすくなったり、免疫機能の変化が感染症の際の全身状態の悪化につながりやすくなったりします。
高齢者に見られる主な生理的変化とクロストークへの影響
| 生理的変化の例 | クロストークへの影響例 |
|---|---|
| 腎機能の段階的な低下 | 薬物成分の体外への排泄遅延、他臓器への薬物影響の増大、体液バランスの調整不良 |
| 免疫機能の変化(免疫老化) | 炎症反応のコントロール不良、感染症罹患時の他臓器への影響増大 |
| 自律神経系の調整能力低下 | 循環器系(血圧変動など)や消化器系(便秘など)への影響、起立性低血圧のリスク増 |
| ホルモンバランスの変化 | 骨代謝、糖代謝、精神状態など広範な臓器・機能への影響 |
多疾患併存(マルチモビディティ)時代における臓器間連携の重要性
ご高齢の方々の中には、高血圧、糖尿病、心臓病、腎臓病、骨粗鬆症など、複数の慢性的な病気を同時に抱えている方(多疾患併存、マルチモビディティと言います)が少なくありません。
このような場合、それぞれの病気に対して個別に治療を行うだけでは、必ずしも十分な効果が得られないことや、かえって薬の数が増えすぎて副作用のリスクが高まることがあります。
そこで重要になるのが、臓器間クロストークの視点です。
それぞれの病気が他の病気や臓器にどのような影響を与えているのか、また、体全体の臓器の連携がどのように変化しているのかを理解しようと努めます。
この視点を持つことで、個々の疾患治療の優先順位を考えたり、複数の疾患に共通して良い影響を与える治療法を選択したりするなど、より包括的で、お一人おひとりの状態に合わせた医療計画を立てることが可能になります。
訪問診療における臓器間クロストーク視点の臨床的価値
訪問診療は、医師や看護師などが患者さんのご自宅や入居施設に伺い、診療を行う医療サービスです。通院が難しい方や、住み慣れた環境での療養を希望される方にとって、大切な役割を担っています。
この訪問診療の場において、臓器間クロストークの視点は特に大きな価値を持ちます。
なぜなら、患者さんの日々の生活の様子、食事や服薬の状況、活動量などを継続的に把握できるため、体全体の調和や臓器間の連携状態をより深く理解しやすいからです。
例えば、食欲不振が続いている場合、単に胃腸の問題と捉えるだけでなく、心臓の機能低下によるものか、うつ的な気分の影響か、あるいは薬の副作用かなど、多角的に原因を探り、関連する臓器への影響を考慮した対応を考えることができます。
また、複数の医療機関から多くの薬が処方されている場合(ポリファーマシー)の整理や調整においても、この視点は役立ちます。
高齢者に多い疾患パターンと臓器連関
循環器・腎臓・脳の連関 – 心腎脳連関の理解
心臓、腎臓、脳は、生命維持に重要な役割を担う臓器ですが、これらは互いに密接に影響し合っていることが知られています。この強いつながりを「心腎脳連関(しんじんのうれんかん)」と呼びます。
例えば、心臓のポンプ機能が低下する心不全の状態になると、腎臓への血流が悪化し、腎機能が低下することがあります(これを心腎症候群といいます)。
逆に、腎機能が悪化すると、体液のコントロールがうまくいかなくなり心臓に負担がかかったり、老廃物がたまって動脈硬化が進みやすくなったりして、心血管系の病気のリスクを高めます(腎心症候群)。
さらに、心臓や腎臓の機能低下は、脳への血流にも影響を与え、脳卒中や認知機能低下のリスクを高める可能性があります。
このように、一つの臓器の不調がドミノ倒しのように他の臓器に影響を及ぼすため、これらの臓器の状態を総合的に把握し、管理することが重要です。
心腎脳連関における主な相互作用
| 起点となる臓器の不調 | 関連臓器への主な影響 |
|---|---|
| 心機能の低下(例:心不全) | 腎血流量の低下による腎機能悪化、脳血流量低下による認知機能低下リスク、脳卒中リスクの上昇 |
| 腎機能の低下(例:慢性腎臓病) | 体液貯留による心負荷増大、毒素蓄積や電解質異常による心血管イベントリスク上昇、脳血管障害リスク上昇 |
| 脳血管障害(例:脳卒中) | 自律神経系の変調を介した心機能への影響(不整脈など)、全身状態の変化に伴う腎機能への間接的影響 |
代謝性疾患と全身への影響 – 糖尿病を中心に
糖尿病は、血糖値が高い状態が続く病気で、代表的な代謝性疾患の一つです。高血糖は、全身の血管にダメージを与え、様々な合併症を引き起こします。
細い血管が障害されると、網膜症(眼の病気)、腎症(腎臓の病気)、神経障害(手足のしびれなど)といった三大合併症が現れます。
しかし、糖尿病の影響はこれだけにとどまりません。太い血管の動脈硬化も促進するため、心筋梗塞や狭心症といった心臓病、脳梗塞や脳出血といった脳卒中のリスクも高まります。
さらに最近では、糖尿病が認知症の発症リスクを高めることや、筋肉量の減少(サルコペニア)や骨折リスクとも関連があることが指摘されています。
このように、糖尿病は全身の臓器や組織に広範な影響を及ぼすため、血糖コントロールだけでなく、血圧や脂質の管理、そして関連する臓器の定期的なチェックが重要です。
糖尿病が影響を及ぼす可能性のある主な臓器・組織
| 影響を受ける部位 | 代表的な合併症・関連疾患 |
|---|---|
| 眼(網膜) | 糖尿病網膜症 |
| 腎臓 | 糖尿病腎症 |
| 神経 | 糖尿病神経障害(末梢神経、自律神経) |
| 心臓・血管 | 心筋梗塞、狭心症、閉塞性動脈硬化症 |
| 脳 | 脳梗塞、認知症 |
消化器・免疫系の相互作用と高齢者の健康
消化管(食道、胃、小腸、大腸など)は、食べ物を消化吸収するだけでなく、私たちの体で最大の免疫器官でもあります。
特に腸には、全身の免疫細胞の約7割が集まっていると言われ、病原体などの外敵から体を守る重要な役割を担っています。この腸の免疫機能は「腸管免疫」と呼ばれます。
また、腸内には数百兆個もの細菌が棲みついており、「腸内フローラ(腸内細菌叢)」を形成しています。
この腸内フローラのバランスは、栄養の吸収効率だけでなく、免疫機能の成熟や調節、さらにはビタミンの産生、そして近年では脳機能や精神状態にも影響を与えること(脳腸相関)がわかってきました。
ご高齢になると、食事量の変化、活動性の低下、薬の影響などにより、腸内フローラのバランスが乱れやすくなることがあります。
その結果、便秘や下痢といった消化器症状だけでなく、免疫力の低下による感染症へのかかりやすさ、栄養吸収不良による低栄養状態など、全身の健康状態に影響が及ぶ可能性があります。
認知症と全身状態の双方向性関係
認知症は、記憶力や判断力などの認知機能が低下し、日常生活に支障をきたす状態です。
認知症が進行すると、食事を摂ることが難しくなったり(摂食嚥下障害)、活動量が減ってしまったり、薬の管理が自分ではできなくなったりすることがあります。
これらの変化は、低栄養、脱水、筋力低下、感染症のリスク上昇など、全身の身体状態の悪化に直結します。
一方で、身体的な不調が認知症の症状を悪化させることもあります。
例えば、便秘による不快感が不穏(落ち着きがなくなる状態)を引き起こしたり、痛みがあるためにリハビリテーションが進まず活動性が低下し、結果として認知機能の低下を早めたりすることがあります。
また、高血圧、糖尿病、心臓病といった生活習慣病や、難聴、うつ状態、社会的孤立なども、認知症の発症や進行のリスクを高める要因として知られています。
このように、認知症と全身状態は互いに影響し合う「双方向性の関係」にあるため、認知症のケアにおいては、身体的な健康管理も非常に重要です。
認知症と関連する身体的要因の例
- 生活習慣病(高血圧、糖尿病、脂質異常症)
- 心血管疾患(心筋梗塞、脳卒中既往)
- 聴力低下
- 低栄養、脱水
- 慢性的な痛み
慢性炎症と臓器間クロストークの関連
炎症とは、本来、細菌やウイルスなどの外敵の侵入や組織の損傷に対して、体を守るために起こる防御反応です。しかし、この炎症が長期間、微弱なレベルで持続してしまう状態を「慢性炎症」と呼びます。
ご高齢の方では、この慢性炎症が体内で静かに進行していることがあり、「Inflammaging(インフラメイジング:炎症性老化)」という言葉も使われます。
慢性炎症は、特定の臓器に限局せず、全身の様々な臓器や組織に影響を及ぼすと考えられています。
炎症によって産生されるサイトカインなどの物質が血流に乗って全身を巡り、他の臓器に作用することで、臓器間クロストークのバランスを乱し、動脈硬化、心血管疾患、2型糖尿病、認知症、フレイル(虚弱)、サルコペニア(筋肉減少症)といった多くの老年症候群や慢性疾患の発症・進行に関与するとされています。
このため、慢性炎症をいかにコントロールするかが、健康寿命を延ばす上で一つの鍵と考えられています。
慢性炎症が関与すると考えられる主な疾患・状態
| 疾患・状態 | 慢性炎症との関連(考えられる影響) |
|---|---|
| 動脈硬化性疾患(心筋梗塞、脳卒中など) | 血管内皮細胞の機能障害、プラーク(粥腫)の不安定化 |
| 2型糖尿病 | インスリン抵抗性の増悪、膵臓β細胞機能の低下 |
| アルツハイマー型認知症 | 神経炎症の誘発、アミロイドβタンパク質の蓄積促進 |
| フレイル・サルコペニア | 筋肉の分解促進、タンパク質合成の抑制 |
| 変形性関節症 | 軟骨の変性・破壊、関節の炎症持続 |
臓器間クロストークを考慮した包括的アセスメント
多角的な病歴聴取と身体所見の取り方
臓器間クロストークを考慮した診療では、まず患者さんから丁寧にお話を伺うことが基本です。
現在お困りの症状だけでなく、これまでの病気の経緯(既往歴)、普段の生活習慣(食事、運動、睡眠、喫煙、飲酒など)、服用しているお薬の内容、ご家族の状況や社会的背景など、多角的な情報を集めます。
特にご高齢の方の場合、一つの症状が複数の原因から生じていることや、ある臓器の問題が別の臓器に影響して症状が出ていることがよくあります。
例えば、「食欲がない」という訴えがあった場合、消化器系の問題だけでなく、心不全によるうっ血、薬の副作用、うつ気分、認知機能の低下なども原因として考えられます。
身体診察では、血圧、脈拍、体温などの基本的な測定に加え、聴診、触診、打診などを通じて各臓器の状態を評価します。
同時に、浮腫(むくみ)の有無や皮膚の状態、関節の動きなど、全身の状態を注意深く観察し、臓器間の関連を示すサインを見逃さないように努めます。
例えば、足のむくみと息切れがあれば、心臓や腎臓の機能低下、あるいは低栄養によるアルブミン低下などを疑い、関連性を探ります。
検査データの統合的解釈 – 臓器間連携の視点から
血液検査や尿検査、レントゲンや超音波検査などの画像検査は、体の状態を客観的に評価するために重要な情報を提供します。
これらの検査結果を解釈する際には、個々の数値の異常だけに注目するのではなく、複数の検査データを組み合わせて、臓器間の機能的なつながりや異常の連鎖を読み解く視点が大切です。
例えば、血液検査で貧血が見つかった場合、単に鉄分不足と判断するだけでなく、腎機能低下によるエリスロポエチン(赤血球を作るホルモン)の産生低下、消化管からの慢性的な出血、栄養摂取不良、慢性炎症の存在など、複数の臓器や病態が関与している可能性を考えます。
同様に、肝機能の数値が悪い場合、肝臓自体の問題だけでなく、心不全によるうっ血性肝障害や、薬の影響なども考慮に入れます。
このように、検査データをパズルのピースのようにつなぎ合わせ、体全体で何が起こっているのかを立体的に捉えようとします。
検査データ解釈における臓器連関の視点(例)
| 検査項目例 | 関連して考慮する臓器・病態・視点 |
|---|---|
| 血中尿素窒素 (BUN)、クレアチニン | 腎機能、脱水の有無、心不全(心腎連関)、消化管出血、筋肉量、タンパク摂取量 |
| 血清アルブミン | 栄養状態(摂取・吸収)、肝機能(合成能)、腎機能(ネフローゼ症候群などでの喪失)、炎症の有無 |
| 脳性ナトリウム利尿ペプチド (BNP / NT-proBNP) | 心機能(特に心不全の重症度評価)、腎機能(排泄遅延による影響も考慮) |
| C反応性タンパク (CRP)、赤血球沈降速度 (赤沈) | 全身の炎症の存在(感染症、自己免疫疾患、悪性腫瘍、組織障害など)、慢性炎症状態 |
高齢者の多疾患評価におけるピットフォール
ご高齢の方の診療では、診断や評価が難しい点がいくつかあります。これを「ピットフォール(落とし穴)」と表現することがあります。
一つは、症状が典型的でないことです。例えば、心筋梗塞でも胸の痛みではなく、吐き気や肩の痛みだけを訴えることがあります。
また、肺炎でも高熱が出にくかったり、意識状態の変化が前面に出たりすることがあります。
二つ目は、複数の疾患の症状が重なり合って、どれが主たる原因なのか判断しにくいことです。
さらに、多くの薬を服用している場合、症状が病気によるものなのか、薬の副作用なのかを見分けることも重要です。
加齢に伴う自然な変化(例えば、物忘れが少し増えるなど)と、病的な変化(認知症の始まりなど)を区別することも、時に難しい場合があります。これらのピットフォールを意識し、慎重に評価を進めることが求められます。
高齢者評価時の主な注意点
- 症状の非典型性(いつもと違う現れ方)
- 複数疾患の症状の混在と相互作用
- 薬剤の副作用との鑑別
- 認知機能低下による症状の訴えの不明瞭さや変化
- 加齢による生理的変化と病的変化の区別
在宅環境での臓器間クロストーク評価の実践
訪問診療の大きな利点は、患者さんの実際の生活の場で医療を提供できることです。
病院やクリニックの診察室では見えにくい、普段の食事内容、服薬の管理状況、日中の活動量、睡眠の質、住環境(段差の有無、室温など)、ご家族の介護力や精神的なサポート状況などを具体的に把握できます。
これらの生活情報は、臓器機能や臓器間クロストークの状態を評価する上で非常に貴重です。
例えば、「最近、転びやすくなった」という訴えがあった場合、筋力低下だけでなく、めまいを起こす薬の影響、視力低下、家の中のつまづきやすい箇所、あるいは低血圧や不整脈といった循環器系の問題などが複合的に関わっているかもしれません。
在宅環境でこれらの要因を一つ一つ確認し、生活習慣の改善提案や療養環境の調整を行うことで、臓器間のバランスを整え、患者さんのQOL(生活の質)の維持・向上を目指します。
臓器間クロストークに基づく治療戦略
多剤処方の最適化 – 臓器間相互作用を考慮した薬物療法
ご高齢の方は、複数の病気を抱えていることが多く、結果として多くの種類の薬を服用している状態(ポリファーマシー)になりがちです。
薬は病気の治療に役立ちますが、種類が増えすぎると、薬同士が互いに影響し合ったり(薬物相互作用)、副作用が出やすくなったりするリスクが高まります。
臓器間クロストークの視点を取り入れた薬物療法では、まず、本当に必要な薬は何かを慎重に吟味します。
そして、それぞれの薬がどの臓器に作用し、どのような効果をもたらすのか、また、他の臓器や服用中の他の薬とどのように影響し合う可能性があるのかを総合的に考えます。
特に、腎臓や肝臓の機能は薬の代謝や排泄に大きく関わるため、これらの臓器の機能が低下しているご高齢の方では、薬の種類や量を慎重に調整することが重要です。
目標は、薬の効果を最大限に引き出しつつ、副作用を最小限に抑えることです。
ポリファーマシー対策における考慮点
| 考慮点 | 具体的な確認・対応例 |
|---|---|
| 薬剤の必要性の再評価 | 各薬剤の治療目標は明確か、予防薬の継続は適切か、漫然と長期処方されていないか |
| 薬物相互作用の確認 | 薬剤間の効果増強・減弱、副作用リスク増大の可能性、食品やサプリメントとの相互作用 |
| 副作用のモニタリング | 高齢者で特に注意すべき副作用(ふらつき、めまい、便秘、せん妄など)の出現に留意する |
| 腎機能・肝機能の評価 | 臓器機能に応じた薬剤選択、投与量の調節、禁忌薬でないかの確認 |
栄養管理による複数臓器へのアプローチ
食べることは、生命を維持し、活動するためのエネルギーを得る基本です。栄養状態は、全身の臓器機能と密接に関連しています。
特にご高齢の方では、食欲不振、噛む力や飲み込む力の低下、消化吸収能力の低下などから、必要な栄養素が不足しがちな「低栄養」状態に陥りやすい傾向があります。
低栄養は、免疫力の低下(感染症にかかりやすくなる)、筋力の低下(サルコペニア、転倒しやすくなる)、傷の治りが遅くなる、褥瘡(床ずれ)ができやすくなるなど、多くの臓器や身体機能に悪影響を及ぼします。
臓器間クロストークの視点からは、適切な栄養管理を通じて、複数の臓器の機能を同時にサポートし、体全体の調和を取り戻すことを目指します。
具体的には、十分なエネルギーに加え、筋肉や臓器の材料となるタンパク質、体の調子を整えるビタミンやミネラルなどをバランス良く摂取できるように、食事内容や食事形態の工夫、必要に応じた栄養補助食品の活用などを検討します。
また、腎臓病や糖尿病など、特定の疾患に応じた食事療法も、関連臓器への負担を軽減し、病状のコントロールを助ける上で大切です。
リハビリテーションと身体活動の臓器連関への効果
「リハビリテーション」というと、病気や怪我からの機能回復訓練というイメージが強いかもしれませんが、ご高齢の方にとっては、現在の身体機能を維持し、生活の質を高めるためにも非常に重要です。
適度な身体活動や運動は、心肺機能の維持・向上、筋力や骨密度の維持、血糖値や血圧のコントロール改善、便秘の解消、気分のリフレッシュなど、実に多くの効果をもたらします。
最近の研究では、運動によって筋肉から「マイオカイン」と呼ばれる様々な物質が分泌されることがわかってきました。
このマイオカインは、血流に乗って全身を巡り、脳、肝臓、脂肪組織、血管など、筋肉以外の臓器にも働きかけ、炎症を抑えたり、インスリンの効きを良くしたり、認知機能を保護したりするなど、有益な効果をもたらすことが期待されています。
これはまさに、運動を通じた臓器間クロストークの一例と言えるでしょう。
訪問診療においても、理学療法士や作業療法士と連携し、患者さん一人ひとりの状態に合わせたリハビリテーションプログラムや自主トレーニングの指導を行うことで、廃用症候群(過度な安静による心身機能の低下)を予防し、日常生活動作(ADL)の維持・向上を図り、ひいては臓器間の良好な連携をサポートします。
緩和ケアにおける臓器間クロストークの視点
緩和ケアは、生命を脅かす病気に直面している患者さんとそのご家族に対し、痛みや息苦しさ、吐き気、だるさ、不安や気分の落ち込みといった様々な身体的・精神的な苦痛を和らげ、生活の質(QOL)をできる限り高く保つことを目的とするケアです。
病気が進行し、複数の臓器の機能が低下してくると、様々な症状が複雑に絡み合って現れることがあります。例えば、がんの患者さんで、痛み止め(医療用麻薬)の副作用で便秘になり、便秘によるお腹の張りが食欲不振や吐き気を引き起こし、さらに体力の低下につながる、といった具合です。
また、呼吸困難が強い不安感を引き起こし、その不安がさらに呼吸の苦しさを増強させるという悪循環もよく見られます。
緩和ケアにおいて臓器間クロストークの視点を持つことは、個々の症状だけに対処するのではなく、症状間の関連性や、背景にある臓器機能不全の連鎖を理解し、より包括的なアプローチで苦痛緩和を図るために役立ちます。
患者さんの苦痛を多角的に評価し、薬物療法だけでなく、精神的なサポート、環境調整、リハビリテーション、補完代替療法なども含めた総合的なケアプランを立てていきます。
認知症ケアと身体疾患管理の統合
認知症をお持ちの方が身体的な病気を併発した場合、その管理はより丁寧な配慮を必要とします。
認知症の症状により、ご自身の体の不調をうまく言葉で伝えられなかったり、痛みを我慢してしまったり、処方された薬を指示通りに飲むことが難しかったりすることがあります。
また、身体疾患の存在やその症状が、認知症の行動・心理症状(BPSD:暴言、暴力、徘徊、不眠、不安、抑うつなど)を誘発したり悪化させたりする要因となることも少なくありません。
例えば、便秘による不快感や腹痛がイライラや不穏につながったり、脱水がせん妄(意識の混濁)を引き起こしたりすることがあります。
このため、認知症の方のケアでは、認知機能の状態を的確に把握し、その方の特性(できること、難しいこと、不安に感じやすいことなど)を理解した上で、身体疾患の管理を根気強く行うことが重要です。
ご本人が安心して治療を受けられるようなコミュニケーションの工夫(穏やかに、分かりやすく、繰り返し伝えるなど)、療養環境の調整、そしてご家族への支援も欠かせません。
認知症のケアと身体疾患の管理を一体的に行うことで、双方の状態の安定化と、ご本人の穏やかな生活の維持を目指します。
認知症を持つ方の身体疾患管理における配慮点
| 配慮点 | 具体的なアプローチ例 |
|---|---|
| コミュニケーションの工夫 | 穏やかな口調、短い言葉、ジェスチャーの活用、本人のペースに合わせる |
| 症状の観察と評価 | 言葉以外のサイン(表情、行動の変化、食欲など)にも注意を払い、痛みの評価ツールなども活用する |
| 服薬管理の支援 | お薬カレンダーの使用、一包化、訪問薬剤管理指導の導入、介護者による確認 |
| 安心できる環境の提供 | 混乱を避けるための馴染みのある環境、静かで落ち着ける空間の確保 |
| 家族・介護者との連携 | 日頃の様子の情報共有、介護負担の傾聴と軽減策の検討、介護者自身の健康管理への配慮 |
臓器間クロストークに関するよくあるご質問
- 「臓器間クロストーク」という言葉を初めて聞きました。簡単に教えてください。
-
はい、「臓器間クロストーク」とは、私たちの体の中で、心臓、腎臓、脳、腸といった異なる臓器が、お互いに情報をやり取りし、影響を与え合っている状態を指します。
一つのオーケストラのように、各楽器(臓器)が協調して美しい音楽(健康)を奏でるイメージです。この情報のやり取りには、ホルモンや神経、免疫に関する物質などが使われます。
- なぜ高齢者の医療で、この臓器間クロストークが注目されるのですか?
-
ご高齢になると、複数のご病気をお持ちの方が増えます。
また、加齢によって一つ一つの臓器の機能や予備能力が少しずつ低下してくるため、ある臓器の不調が他の臓器に影響を及ぼしやすくなります。
臓器間クロストークの視点を持つことで、体全体の状態をより深く理解し、お一人おひとりに合った医療を提供することを目指しています。
- 臓器間クロストークが乱れると、具体的にどんなことが起こるのですか?
-
例えば、心臓の機能が低下すると腎臓への血流が悪くなり腎機能も低下する(心腎連関)、あるいは腸内環境の乱れが免疫機能や精神面に影響する(脳腸相関)といったことが知られています。
一つの不調が別の不調を引き起こし、悪循環に陥ることもあります。そのため、臓器間のバランスを整えることが大切です。
臓器間クロストークの乱れによる影響例
起点となる臓器の不調 影響を受ける可能性のある臓器・機能 具体的な症状や状態の例 心機能低下 腎臓、脳 むくみ、息切れ、腎機能悪化、認知機能低下リスク 腎機能低下 心臓、骨、血液 高血圧、心不全リスク、骨がもろくなる、貧血 腸内環境の悪化 脳、免疫系、皮膚 気分変動、便秘・下痢、感染しやすくなる、肌荒れ - 訪問診療では、臓器間クロストークをどのように考慮するのですか?
-
訪問診療では、患者さんのご自宅という生活の場で、日々の体調の変化、お食事の内容、お薬の管理状況などを総合的に把握します。
これらの情報から、複数の症状や疾患がどのように関連しあっているか、臓器間のバランスがどうなっているかを推察します。
医師、看護師、薬剤師、ケアマネジャーなど多職種で情報を共有し、連携しながら、お一人おひとりの全体的な健康状態をサポートします。
- 臓器間の連携を良い状態に保つために、日常生活で心がけることはありますか?
-
特別なことではなく、日々の積み重ねが大切です。
健康的な生活習慣のポイント
- 栄養バランスの取れた食事を心がける(特にタンパク質、野菜、果物を意識する)
- 無理のない範囲で身体を動かす習慣を持つ(散歩、体操など)
- 質の良い睡眠を十分にとる(寝る前のカフェインやアルコールを控えるなど)
- ストレスを上手に解消する方法を見つける(趣味、人との交流など)
- 持病のある方は、医師の指示通りに治療を継続し、定期的な受診を欠かさない
これらの基本的な生活習慣が、体全体の調和を保ち、臓器間の良好な連携を支えます。
ご自身の体調で気になることがあれば、どんな些細なことでも遠慮なく医療者に相談することが重要です。
今回の内容が皆様のお役に立ちますように。

