在宅医療を検討する際、多くの患者様やご家族が抱く最大の不安は「医師がそばにいない環境で、十分な医療処置を受けられるのか」という点にあります。
結論から申し上げますと、訪問看護師は主治医が交付する「訪問看護指示書」に基づき、病院内とほぼ同等レベルの専門的な医療処置を自宅で実施します。
点滴や注射、カテーテル管理といった日常的なケアから、人工呼吸器の管理、さらには緊急時の初期対応まで、その範囲は多岐にわたります。
本記事では、訪問看護師が法的に認められている具体的な処置内容、医師不在時に看護師が独自の判断で行う緊急対応の境界線、そしてご家族自身が行えるケアとの役割分担について、詳しく解説します。
在宅での療養生活を安全に送るための知識としてお役立てください。
訪問看護師の役割と法的な医療処置の範囲
訪問看護師は「保健師助産師看護師法」および医師法に基づき、主治医の発行する指示書に従って診療の補助を行います。
そのため、医師が不在の在宅環境であっても、病院と同水準の医療的ケアを継続して提供する体制を確立します。
在宅医療において訪問看護師が担う役割は、単なる療養上の世話にとどまりません。法律上、看護師は「療養上の世話」と「診療の補助」を行う専門職として定義しています。
病院と異なり医師が常駐していない在宅の現場では、看護師が医師の目となり手となって医療処置を進めます。
このとき、看護師が独断で医療行為を行うことは法律で禁じていますが、主治医から交付した「訪問看護指示書」があることで、看護師は法的に守られた状態で必要な処置を実施します。
訪問看護指示書には、患者様の病状、投与すべき薬剤の種類や量、処置の方法、緊急時の対応などが詳細に記載しています。
訪問看護師はこの指示書の内容を遵守しつつ、日々の患者様の変化を細かく観察し、その都度医師へ報告を行うことで、医療の質を担保します。
つまり、在宅医療における看護師の医療処置は、医師の遠隔的な管理下にある安全な行為であるといえます。
医師の指示書に基づく処置の基本原則
訪問看護師が医療処置を行う上で、訪問看護指示書は絶対的な効力を持ちます。この指示書は、通常1か月から最長6か月の期間で主治医が発行します。
指示書には、点滴の内容、創傷処置の方法、リハビリテーションの指示などが具体的に明記しており、看護師はこれに基づいてケア計画を立案します。
例えば、病状が急変した場合や、新たな処置が必要になった場合には、看護師は直ちに主治医に連絡を取り、新たな指示を仰ぎます。
口頭での指示があった場合でも、速やかに記録に残し、後日正式な書面として指示書を更新する手続きをとります。
このように、どのような状況下でも医師の指示に基づいているという事実が、患者様の安全を守るための重要な防波堤となります。
保健師助産師看護師法による定義と業務範囲
看護師の業務は「保健師助産師看護師法」によって規定しています。この法律では、看護師の業務を「傷病者若しくはじよく婦に対する療養上の世話又は診療の補助」と定めています。
在宅医療の現場で特に重要となるのが「診療の補助」です。これには、注射、採血、点滴、創傷の処置、カテーテルの交換などが含まれます。
近年では「特定行為に係る看護師の研修制度」を受けた看護師が増えており、医師の手順書に基づき、一定の範囲内で高度な医療処置を自律的に行うことも可能になってきました。
しかし、基本的にはすべての医療処置は医師の指示の下に行うという原則に変わりはありません。訪問看護師は、法律で定められた範囲を正しく理解し、その枠組みの中で最大限のケアを提供します。
病院看護と訪問看護における役割の違い
病院での看護と在宅での訪問看護には、環境の違いによる役割の差が存在します。
以下の表で、それぞれの特徴的な違いを整理し、訪問看護師がどのような視点で処置を行っているかを解説します。
| 比較項目 | 病院看護の特徴 | 訪問看護の特徴 |
|---|---|---|
| 医療処置の環境 | 設備が整った清潔な環境で実施 | 生活空間(自宅)の中で工夫して実施 |
| 物品の管理 | 病院が管理・供給する物品を使用 | 自宅にある物品や支給品を活用 |
| 判断の即時性 | すぐに医師や同僚に相談可能 | 現場では一人で判断し、電話等で連携 |
この表からわかるように、訪問看護師は限られた資源と環境の中で、安全かつ効果的な処置を行うための応用力が求められます。
生活の場である自宅で、いかに感染リスクを下げ、安楽に処置を行うかが腕の見せ所となります。
訪問看護と在宅療養生活の調和
医療処置を行う際、訪問看護師は常に「生活の質(QOL)」を意識します。病院であれば治療が最優先ですが、在宅では「その人らしい生活」を維持することが重要です。
例えば、点滴のスケジュールを入浴や食事の時間と調整したり、カテーテルが日常生活の邪魔にならないように固定方法を工夫したりします。
医療処置が生活を圧迫しないよう配慮することも、訪問看護師の大切な役割です。
ご家族の介護負担を考慮し、処置の方法を簡略化したり、介護しやすいような環境整備を提案したりすることも、広い意味での医療的介入の一部といえます。
在宅で頻繁に行われる一般的な医療処置
在宅医療では、褥瘡ケアや点滴管理、カテーテル交換など、継続的な管理が必要な処置を中心に行います。訪問看護師はこれらを生活のリズムに合わせて実施し、トラブルの早期発見と予防に努めます。
在宅で療養する患者様の多くは、慢性疾患を抱えていたり、加齢による身体機能の低下が見られたりします。
そのため、訪問看護師が行う医療処置は、急性期の治療というよりは、状態を安定させ、悪化を防ぐための管理的な処置が中心となります。
これらは日々の生活の中に組み込まれ、患者様やご家族の協力のもとで進めます。
具体的には、皮膚のトラブルを防ぐケア、栄養や水分を補給するための点滴や経管栄養の管理、排泄を助けるためのカテーテル管理などが挙げられます。
これらの処置は、一度行えば終わりではなく、継続的に観察し、適切なタイミングで交換やケアを行う必要があります。訪問看護師は、定期的な訪問を通じてこれらの管理を一手に引き受けます。
褥瘡の予防と処置および皮膚トラブル対応
寝たきりの患者様にとって、褥瘡(床ずれ)は最も警戒すべきトラブルの一つです。訪問看護師は、訪問のたびに皮膚の状態を観察し、発赤や傷がないかをチェックします。
すでに褥瘡ができてしまっている場合には、医師の指示に基づき、洗浄、消毒、軟膏の塗布、被覆材の交換などを行います。
さらに重要なのは予防です。体位変換のスケジュールを計画し、除圧マットの導入を提案するなどして、新たな褥瘡を作らないための環境を整えます。
また、おむつかぶれや乾燥による掻痒感など、日常的な皮膚トラブルに対しても、保湿剤の塗布や清潔ケアを通じて対応します。
皮膚を健康に保つことは、感染症のリスクを減らし、患者様の快適さを保つ上で非常に重要です。
褥瘡処置における段階的ケア
褥瘡の状態によって、看護師が行う処置の内容は異なります。以下の表で、褥瘡の進行度に応じた主な対応内容を示します。
| 進行度(ステージ) | 状態の目安 | 主な処置内容 |
|---|---|---|
| 初期(発赤) | 皮膚が赤くなり消えない状態 | 除圧の徹底、保湿、保護フィルムの使用 |
| 浅い潰瘍 | 水疱や浅い傷ができている | 洗浄、ドレッシング材による湿潤環境保持 |
| 深い潰瘍 | 脂肪層や筋肉まで達する傷 | 壊死組織の除去補助、感染制御、滲出液管理 |
このように、状態を見極めて適切な処置を選択するアセスメント能力が看護師には求められます。特に深い潰瘍の場合は、感染の兆候を見逃さない鋭い観察眼が必要となります。
点滴管理と中心静脈栄養の実施
水分摂取が困難な方や、特定の薬剤を定期的に投与する必要がある方に対して、在宅での点滴管理を行います。
末梢静脈からの点滴だけでなく、中心静脈栄養(IVH/CVポート)の管理にも対応します。CVポートは埋め込み型の器具であり、適切な管理を行えば長期間の使用が可能ですが、感染のリスクも伴います。
訪問看護師は、点滴の刺入部の観察、消毒、針の交換、輸液ポンプの操作などを確実に行います。
また、点滴が予定通りに滴下されているか、ルートに閉塞がないかなどを確認し、異常があれば速やかに対処します。
ご家族に対しては、アラームが鳴った時の対応方法や、点滴中の注意点などを指導し、安心して過ごせるようサポートします。
カテーテル類の管理と交換手順
尿道留置カテーテル(バルーンカテーテル)や経鼻胃管、胃ろうチューブなど、在宅医療では様々な管(カテーテル)を使用します。
これらのカテーテルは、体内に異物を留置している状態であるため、定期的な交換と清潔操作が欠かせません。訪問看護師は、医師の指示に基づき、これらのカテーテルの交換や管理を行います。
カテーテルのトラブルは、閉塞や自然抜去など、緊急の対応を要することがあります。そのため、看護師はトラブルの予兆がないかを常に確認します。
例えば、尿の混濁具合や量の変化、チューブ周囲の皮膚の状態などを詳細に観察します。
管理する主なカテーテルの種類
- 尿道留置カテーテル(バルーン):尿を排出するための管。閉塞や感染に注意し、定期的に交換します。
- 胃ろう・腸ろうボタン:直接胃や腸に栄養を送るための注入口。皮膚トラブルや漏れがないかを確認します。
- 経鼻経管栄養チューブ:鼻から胃へ通す栄養チューブ。位置の確認や固定位置の変更を行い、苦痛を軽減します。
インスリン注射と血糖値測定の支援
糖尿病の管理が必要な患者様に対して、インスリン注射や血糖値測定の支援を行います。ご自身やご家族で注射が可能な場合は、手技の確認や指導を行い、正しく打てているかを見守ります。
手技が難しい場合や、認知機能の低下により管理が危険な場合は、訪問看護師が訪問時に注射を実施したり、服薬管理ボックスを活用して内服薬の管理を行ったりします。
また、低血糖や高血糖の症状が現れていないか、食事の摂取量は適切かなど、全身状態を含めたアセスメントを行います。
糖尿病は日々の生活習慣と密接に関わるため、看護師は生活全体を見渡した上でのアドバイスを行います。
呼吸器系および排泄に関連する専門的ケア
在宅酸素療法や人工呼吸器の管理、人工肛門のケアなど、生命維持に直結する専門的な処置を安全に実施します。
排泄ケアにおいては、患者様の尊厳を守りつつ、快適な生活環境を整えることに注力します。
呼吸と排泄は、人間が生きていく上で最も基本的かつ重要な生理機能です。これらに障害を持つ患者様が在宅で生活するためには、医療機器の助けや専門的なケアが必要不可欠です。
訪問看護師は、これらの機能をサポートする機器の管理を行うとともに、患者様が苦痛なく呼吸し、排泄できるよう支援します。
特に呼吸器系の管理は、機器の操作ミスや異常の発見遅れが生命に関わる可能性があるため、高度な知識と技術を持った看護師が対応します。
排泄ケアに関しては、身体的な不快感を取り除くことはもちろん、患者様の羞恥心に配慮した精神的なケアも同時に行います。
在宅酸素療法の管理と酸素吸入
COPD(慢性閉塞性肺疾患)や肺がんなどで呼吸機能が低下している患者様は、在宅酸素療法(HOT)を導入しているケースが多くあります。
訪問看護師は、酸素濃縮器や携帯用酸素ボンベが正しく使用できているかを確認し、酸素流量の設定が医師の指示通りであるかをチェックします。
また、火気の取り扱いなど、安全管理についての指導も徹底して行います。
患者様の動脈血酸素飽和度(SpO2)を測定し、呼吸状態が安定しているか、息切れ(呼吸困難感)が増強していないかを評価します。
入浴時や労作時の酸素流量の調整についても、医師と連携しながら適切なアドバイスを行います。
痰の吸引と人工呼吸器のアラーム対応
自力で痰を出すことが難しい患者様に対して、吸引器を使用した痰の吸引を行います。口腔内、鼻腔内、気管カニューレ内部からの吸引など、患者様の状態に合わせた方法で実施します。
吸引は患者様にとって苦痛を伴う処置であるため、できるだけ短時間で、かつ効果的に痰を取り除く技術が必要です。
人工呼吸器(ベンチレーター)を使用している場合、回路の点検、加湿器の水量確認、アラーム設定の確認などを行います。
アラームが鳴った際には、その原因が回路の閉塞なのか、リーク(空気漏れ)なのか、あるいは患者様の呼吸状態の変化なのかを瞬時に判断し対応します。
呼吸ケアと排泄ケアの区分と内容
呼吸管理と排泄管理は、それぞれ異なる専門性が求められます。以下の表では、それぞれの分野における主要なケア内容をまとめました。
| ケア分野 | 主な管理機器・処置 | 看護師の観察ポイント |
|---|---|---|
| 呼吸器ケア | 在宅酸素、人工呼吸器、吸引器、吸入器 | SpO2値、呼吸音、呼吸数、チアノーゼの有無 |
| 排泄ケア | ストーマ装具、導尿カテーテル、浣腸、摘便 | 排泄物の性状・量、腹部膨満、皮膚トラブル |
これらのケアを適切に組み合わせることで、患者様の身体的ストレスを最小限に抑えます。特に呼吸と排泄は密接に関連しており、腹部膨満が呼吸を圧迫することもあるため、総合的な視点でのケアが大切です。
人工肛門(ストーマ)のケアと装具交換
消化管や尿路の疾患によりストーマ(人工肛門・人工膀胱)を造設した患者様に対して、ストーマ装具の交換や皮膚のケアを行います。
ストーマ周囲の皮膚は排泄物による刺激でただれやすいため、面板のカットサイズを調整したり、皮膚保護剤を使用したりして、皮膚トラブルを予防します。
また、新しい装具の選定や、入浴時の対応、外出時の工夫など、生活上の悩みに対する相談にも乗ります。ご自身で交換ができる患者様には、手技の確認と指導を行い、自立を支援します。
摘便や浣腸などの排便コントロール
在宅療養中の患者様、特に高齢者や寝たきりの方は、活動量の低下や食事摂取量の減少により便秘になりやすい傾向があります。排便コントロールは、全身の体調管理において非常に重要です。
訪問看護師は、食事内容や水分摂取量のアドバイスを行うとともに、腹部マッサージなどを実施して自然排便を促します。
それでも排便が見られない場合は、医師の指示に基づき、座薬の挿入や浣腸、摘便(指で便を掻き出す処置)を行います。
これらの処置を行う際は、血圧の変動や迷走神経反射に十分注意し、患者様の顔色を見ながら慎重に進めます。
医師不在時の緊急対応と看護師の判断基準
医師が不在の状況でも、訪問看護師はバイタルサインや全身状態から緊急度を判断し、一次救命処置や救急搬送の手配を迅速に行います。
事前の指示とアセスメント能力により、命を守る行動を最優先します。
訪問看護の最大の特徴であり、また難しさでもあるのが「医師がその場にいない」という点です。しかし、これは「医療的な判断ができない」ことを意味しません。
訪問看護師は、予測される急変やトラブルに対して、あらかじめ医師から「緊急時対応の指示」を受けています。そのため、特定の状況下における処置や薬剤の使用を速やかに行うことができます。
緊急時には、冷静かつ迅速な判断が求められます。
看護師は目の前の患者様の情報を収集し、それが「様子を見てよい変化」なのか、「直ちに医師へ連絡すべき変化」なのか、あるいは「一刻も早く救急車を呼ぶべき事態」なのかをトリアージ(選別)します。
この判断力が、在宅医療の安全を支えています。
バイタルサインの変化と救急搬送の判断
訪問時、看護師はまずバイタルサイン(血圧、脈拍、体温、呼吸、酸素飽和度)を測定します。普段の数値と比較し、著しい乖離がある場合は異常と判断します。
例えば、急激な血圧低下、呼吸困難、意識レベルの低下などが見られた場合、看護師は直ちに救命処置を開始するとともに、医師や救急隊への連絡を行います。
救急搬送の判断は非常に繊細です。
ご本人やご家族が望まない延命治療につながる可能性もあるため、事前にACP(アドバンス・ケア・プランニング:人生会議)で話し合われた意向を尊重しつつ、医学的な緊急性を天秤にかけて判断します。
転倒や転落時の初期対応と観察ポイント
在宅では、転倒やベッドからの転落事故が発生するリスクがあります。訪問時に事故を発見した場合、あるいはご家族から連絡を受けた場合、看護師はまず外傷の有無や痛みの部位を確認します。
特に高齢者の場合、大腿骨骨折や頭部打撲が重大な結果を招くことがあるため、慎重に観察します。
頭部を打撲している可能性がある場合は、意識状態の変化や嘔吐、麻痺の有無などを経時的に観察します。
見た目に変化がなくても、内部で出血している可能性があるため、安易に動かさず、医師の指示を仰ぎます。
骨折が疑われる場合は、患部を固定し、痛みを最小限にして医療機関へ搬送する手配を行います。
緊急時の連絡フローと対応区分
緊急時において、看護師がどのような基準で連絡先を選定し、行動するかを以下の表にまとめました。このフローは一般的な例であり、患者様ごとの個別性が加味されます。
| 状況レベル | 患者様・ご家族の状態 | 看護師の対応・連絡先 |
|---|---|---|
| 緊急度:高 | 意識消失、呼吸停止、大量出血 | 救急車要請(119番)後、主治医へ報告 |
| 緊急度:中 | 発熱、強い痛み、SPO2低下 | 主治医へ即時連絡し指示を仰ぐ |
| 緊急度:低 | 便秘、軽い皮膚トラブル、食欲不振 | 経過観察、次回の診療時に報告 |
このように、状況に応じて連絡の優先順位を変えることで、適切な医療リソースへ迅速にアクセスします。
訪問時の急変対応と医師への連絡体制
多くの訪問看護ステーションでは、24時間365日対応可能な体制(24時間対応体制加算)をとっています。
この体制があるため、夜間や休日であっても、契約している患者様からの緊急コールに対応します。電話で状況を聞き取り、必要であれば緊急訪問を行います。
緊急訪問した看護師は、医師と電話で連携を取りながら処置を進めます。例えば、発作止めの注射や、酸素投与の開始など、医師の口頭指示に基づいて処置を行うこともあります。
この「医師と常につながっている安心感」が、在宅療養を継続する上での大きな支えとなります。
終末期医療(ターミナルケア)における処置
最期の時間を自宅で過ごすためのターミナルケアでは、苦痛の緩和を最優先します。疼痛コントロールや精神的ケアを通じて、患者様とご家族が穏やかな時間を過ごせるよう、専門的な知識で支えます。
「住み慣れた自宅で最期を迎えたい」という願いを叶えるために、訪問看護師は中心的な役割を果たします。
終末期医療(ターミナルケア)では、病気の治癒を目指す治療から、苦痛を取り除きQOLを維持するケアへと目的がシフトします。
看護師は、刻一刻と変化する患者様の状態に合わせて、身体的・精神的な苦痛を和らげるための処置を行います。
ご家族に対しても、これから起こりうる身体の変化や、死への過程について丁寧に説明し、心の準備ができるよう寄り添います。
不安や悲しみを共有し、ご家族が後悔のない看取りができるようサポートすることも、看護師の重要な任務です。
疼痛コントロールと麻薬の管理
がんの末期など、強い痛みを伴う場合、麻薬(医療用麻薬)を使用した疼痛コントロールを行います。
在宅でも、経口薬だけでなく、貼付剤や持続皮下注射(PCAポンプなど)を用いて、効果的に痛みを取り除くことができます。
訪問看護師は、これらの薬剤が適切に使用されているか、副作用(便秘、眠気、吐き気など)が出ていないかを管理します。
痛みの程度は本人にしかわかりません。看護師は患者様の表情や言葉から痛みのサインを読み取り、医師と相談して薬剤の量を微調整します。
「痛くない」状態を作ることで、患者様は家族との会話を楽しんだり、穏やかに睡眠をとったりすることができるようになります。
身体的苦痛の緩和と精神的サポート
痛み以外にも、呼吸困難、倦怠感、浮腫(むくみ)、腹水など、様々な身体的苦痛が出現します。看護師は、体位の工夫、リンパマッサージ、胸水や腹水の管理などを通じて、これらの症状を緩和します。
例えば、呼吸が苦しい時には、上体を起こすベッドの調整や、換気を良くする環境設定などを行います。
精神的なケアも同様に重要です。死への恐怖や、家族を残していく不安、やり残したことへの未練など、患者様の心は揺れ動きます。
看護師は、傾聴の姿勢を貫き、患者様の言葉を否定せずに受け止めます。タッチング(手や体に優しく触れること)などの非言語的なコミュニケーションも、安心感を与える有効な手段です。
ターミナルケアにおける具体的な支援内容
終末期において看護師が提供するケアは多岐にわたります。以下の表は、身体面と精神・社会面における主な支援内容をまとめたものです。
| 支援の領域 | 具体的なケア・処置 |
|---|---|
| 身体的苦痛の緩和 | 鎮痛薬管理、酸素吸入、口腔ケア、清拭、体位変換 |
| 精神的安寧の支援 | 傾聴、タッチング、安楽な環境作り、アロマ等の活用 |
| 家族へのケア | 介護指導、レスパイト(休息)の提案、死後の準備相談 |
これらのケアを包括的に提供することで、患者様が最期の瞬間まで尊厳を持って生きられるよう支え続けます。
看取りの瞬間に立ち会う際の対応
最期の時が近づくと、呼吸状態の変化(下顎呼吸など)や血圧の低下など、死期が迫っている兆候が現れます。訪問看護師は、これらのサインをご家族に伝え、その時が近いことを知らせます。
医師がすぐに到着できない場合、看護師がその場に立ち会い、ご家族と共に最期を見守ることもあります。
息を引き取られた後は、医師による死亡確認を待ちます。その後、エンゼルケア(死後の処置)を行います。身体をきれいに拭き、着替えを行い、化粧を施して、生前のその人らしい姿に整えます。
この時間は、ご家族にとっても別れを受け入れるための大切なプロセスとなります。
家族ができる処置と看護師による指導
日常的なケアの一部は、適切な指導を受けた上でご家族が実施することが可能です。訪問看護師は、安全な手技をわかりやすく指導し、介護負担を考慮しながら、家族ができる範囲を見極めてサポートします。
在宅医療を継続するためには、ご家族の協力が必要な場面が多くあります。しかし、ご家族は医療の専門家ではありません。
そのため、訪問看護師は「どの処置なら安全に家族に任せられるか」を判断し、丁寧な指導を行います。家族がケアに参加することで、患者様の安心感につながるというメリットもあります。
一方で、無理な介護負担は共倒れを招きます。看護師は、家族のライフスタイルや健康状態を考慮し、決して無理強いをしないよう配慮します。
「できること」と「プロに任せること」の境界線を明確にすることが、長く在宅療養を続ける秘訣です。
家族に委ねられるケアの範囲と判断
法律上、医師や看護師以外の人が医療行為を行うことは原則禁止していますが、特定の条件下で、家族が患者様に対して行う一定の行為は容認しています。
これには、吸引、経管栄養の注入、インスリン注射などが含まれます。ただし、これらを安全に行うためには、十分な練習と看護師による確認が必要です。
看護師は、まず見本を見せ、次に一緒に実施し、最終的に家族だけで行えるようになるまで段階を踏んで指導します。
手技の習得度や、ご家族の精神的な余裕を見極め、ゴーサインを出します。不安が強い場合は、無理に任せず看護師が訪問回数を増やすなどの対応を検討します。
家族が実施可能なケアの例
- 口腔内の吸引:咽頭の手前までの痰を吸引すること。
- 経管栄養剤の注入:胃ろうチューブなどへの栄養剤の接続と滴下。
- 自己注射の補助:インスリン注射などの準備や注入の介助。
- 皮膚への軟膏塗布:褥瘡予備軍や乾燥した皮膚への薬の塗布。
服薬管理のサポートと誤薬防止
薬の管理は、在宅療養において非常に重要ですが、種類が多くなると管理が複雑になり、飲み忘れや飲み間違い(誤薬)のリスクが高まります。
訪問看護師は、お薬カレンダーや配薬ボックスを活用し、誰が見てもわかりやすい管理方法を提案します。
ご家族には、薬をセットする方法や、飲ませ方のコツ(粉薬をゼリーに混ぜるなど)を指導します。
また、薬の作用と副作用について説明し、「ふらつきが出たらこの薬を疑う」「便秘になったらこの薬を調整する」といった、観察のポイントも伝えます。
そうすることで、ご家族自身が副作用の兆候に早期に気づけるようになります。
介護負担を減らすための技術指導
医療処置だけでなく、オムツ交換、着替え、体位変換などの日常的な介護動作についても、看護師はプロの視点でアドバイスします。
腰を痛めない介助の方法(ボディメカニクス)や、便利な介護用品の紹介などを通じて、ご家族の身体的負担を軽減します。
介護は長期戦です。完璧を目指すのではなく、手を抜けるところは抜き、使えるサービスは使うというスタンスが大切です。
看護師は、ご家族の良き相談相手となり、精神的な負担も軽くなるようサポートします。
よくある質問
訪問看護の利用にあたり、多くの方が疑問に感じる点について回答します。
契約前に確認しておきたい対応時間や担当者についての疑問を解消し、安心してサービスを利用するための参考にしてください。
- 家族が仕事で不在の日中も訪問看護を受けられますか?
-
ご家族が不在でお一人暮らしの状態や、日中独居の状態であっても訪問看護を利用することは可能です。
鍵の管理方法(キーボックスの設置や事務所での保管など)を事前に取り決めておくことで、看護師が訪問し、必要な処置やケアを行います。
訪問中の様子や処置内容は、連絡ノートや電話、メール等を通じてご家族へ詳細に報告しますので、安心して仕事に行っていただけます。
- 夜間や早朝に体調が悪くなった場合、すぐに来てもらえますか?
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「24時間対応体制」をとっている訪問看護ステーションと契約している場合、夜間や早朝、休日を問わず、緊急時の電話相談や訪問対応が可能です。
まずは緊急連絡先に電話をしていただき、看護師が状況を判断します。電話でのアドバイスで対応可能な場合もあれば、直ちに訪問して処置を行う場合もあります。
契約時に、24時間対応の有無を必ずご確認ください。
- 訪問看護師と患者の相性が合わない場合は変更できますか?
-
人間同士ですので、相性の問題は起こり得ます。もし相性が合わないと感じた場合は、我慢せずにステーションの管理者(所長)にご相談ください。
多くのステーションでは複数の看護師が在籍しているため、担当者を変更したり、ローテーションを調整したりすることで対応します。
どうしても解決しない場合は、ケアマネージャーに相談し、別の訪問看護ステーションを探すことも一つの手段です。
- 点滴の針が抜けたり、漏れたりした場合はどうすればよいですか?
-
点滴中に針が抜けたり、刺入部が腫れて漏れていたりする場合は、直ちに点滴を中止(クレンメを閉じるなどして滴下を止める)し、訪問看護ステーションへ連絡してください。
無理に自分で針を刺し直そうとせず、看護師の到着を待つか、電話での指示に従って止血などの応急処置を行ってください。
事前にトラブル時の対処法を看護師から聞いておくと、慌てずに行動できます。
今回の内容が皆様のお役に立ちますように。
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