「肺炎」と診断されたとき、あるいはご家族が診断されたとき、「入院しなければならないのだろうか」「家で治療はできないのだろうか」と大きな不安を感じるかもしれません。
肺炎の治療には、病院に入院して行う方法と、ご自宅などで外来として治療を続ける方法があります。
どちらの治療法を選択するかは、患者さんご本人の体の状態や重症度、そして生活環境など、さまざまな要因を総合的に見て判断することが重要です。
この記事では、肺炎の基本的な知識から、入院と外来治療のそれぞれの判断基準、そしてご自宅での療養を支える訪問診療の役割や医療機関との連携について、分かりやすく解説します。
ご自身や大切なご家族にとって、より良い治療の選択肢を考えるための一助となれば幸いです。
肺炎の基礎知識と分類
一言で「肺炎」といっても、その原因や発症する環境によっていくつかの種類に分けられます。種類が異なれば、治療方針や注意すべき点も変わってきます。
まずは、肺炎そのものについて正しく理解することが、適切な治療への第一歩です。
肺炎の種類と特徴
肺炎は、主に病原体の種類によって分類します。最も多いのは細菌によるものですが、ウイルスや特殊な菌が原因となることもあります。
原因によって、使用する抗菌薬(抗生剤)も異なります。
主な肺炎の原因と特徴
| 原因 | 主な病原体 | 特徴 |
|---|---|---|
| 細菌 | 肺炎球菌、インフルエンザ菌など | 急な高熱、激しい咳、色のついた痰が出やすい。 |
| ウイルス | インフルエンザウイルス、コロナウイルスなど | 高熱や筋肉痛など全身の症状が強く出ることがある。 |
| 非定型 | マイコプラズマ、クラミジアなど | 比較的元気でも、乾いた咳が長く続くことがある。 |
市中肺炎と医療・介護関連肺炎の違い
肺炎は、患者さんが普段どこで生活しているかによっても大きく二つに分類します。
これは、原因となる菌の種類や、菌が薬に対して持つ耐性(薬の効きにくさ)が異なるため、治療法を選択する上でとても大切な分類です。
「市中肺炎」は、普段、病院や介護施設とはあまり関わりのない、ごく普通の社会生活を送っている方がかかる肺炎です。
「医療・介護関連肺炎」は、長期にわたり医療機関に入院していたり、介護施設に入所していたり、あるいはご自宅で継続的な医療ケアを受けていたりする方がかかる肺炎を指します。
後者は、薬が効きにくい耐性菌が原因である可能性を考える必要があります。
市中肺炎と医療・介護関連肺炎の比較
| 項目 | 市中肺炎 | 医療・介護関連肺炎 |
|---|---|---|
| 発症場所 | 通常の社会生活の場 | 病院、介護施設、在宅医療の現場など |
| 主な原因菌 | 肺炎球菌など一般的な細菌 | 緑膿菌、MRSAなど薬剤耐性菌の可能性 |
| 治療の考え方 | 一般的な抗菌薬が効きやすい | 耐性菌を考慮した抗菌薬選択が必要 |
高齢者における肺炎の特殊性
ご高齢の方の肺炎は、若い世代の肺炎とは少し様相が異なります。典型的な症状が出にくく、気づかないうちに進行してしまうことがあるため、特に注意が必要です。
例えば、高熱が出ずに「なんとなく元気がない」「食欲がない」「ぼーっとしている」といった変化が、肺炎のサインであることも少なくありません。
また、飲み込む力が衰えることで、食べ物や唾液が誤って気管に入ってしまう「誤嚥(ごえん)」が原因で起こる「誤嚥性肺炎」の割合が高くなるのも、高齢者の肺炎の大きな特徴です。
入院治療の適応基準と判断
肺炎の治療において、入院するかどうかは非常に重要な判断です。安全に治療を進めるため、医師は客観的な指標と患者さん個々の状態を組み合わせて総合的に判断します。
重症度評価システム(A-DROP分類)
肺炎の重症度を客観的に評価するために、日本呼吸器学会が提唱する「A-DROP」という分類を用います。
これは、5つの項目の頭文字をとったもので、点数が高いほど重症と判断し、入院治療を強く勧めます。
- Age(年齢):男性70歳以上、女性75歳以上
- Dehydration(脱水):BUN 21mg/dL以上または脱水あり
- Respiration(呼吸):SpO2(酸素飽和度)90%以下
- Orientation(意識):意識障害がある
- Pressure(血圧):収縮期血圧(上の血圧)90mmHg以下
これらの項目に1つでも該当すれば「中等症」、3つ以上該当すれば「重症」と考え、入院治療の対象となります。
A-DROPスコアと重症度判定
| スコア(該当項目数) | 重症度 | 推奨される治療場所 |
|---|---|---|
| 0点 | 軽症 | 原則として外来治療 |
| 1~2点 | 中等症 | 外来治療または入院治療を検討 |
| 3点以上 | 重症 | 原則として入院治療 |
絶対的入院適応の条件
A-DROPスコアに関わらず、特定の危険な状態が見られる場合には、直ちに入院が必要です。これを「絶対的入院適応」と呼びます。
例えば、ショック状態(血圧が極端に低く、意識が朦朧とするなど)に陥っている場合や、自力での呼吸が著しく困難で、人工呼吸器の装着が必要になる可能性がある場合などがこれに該当します。
患者の全身状態による判断
検査データやスコアだけでは測れない、患者さんご本人の「全身状態」も入院を判断する上で大切な要素です。
例えば、以下のような状態が見られる場合は、たとえ重症度分類で軽症と判断されても、入院を検討することがあります。
- 食事が全く口から摂れない
- 水分補給ができない
- ぐったりして動けない
- 呼吸が速く、苦しそう
基礎疾患と社会的環境の考慮
もともと持っている病気(基礎疾患)や、ご自宅での介護状況(社会的環境)も、入院の必要性を左右します。
心臓や肺、腎臓に慢性の病気がある方や、糖尿病、免疫力が低下する病気をお持ちの方は、肺炎が重症化しやすいため、より慎重な判断が必要です。
また、ご自宅で介護する方がいない、あるいは介護の負担が非常に大きい場合なども、安全な療養環境を確保するという観点から入院を選択することがあります。
入院を積極的に検討すべき基礎疾患・状態
| 分類 | 具体的な疾患・状態の例 | 理由 |
|---|---|---|
| 呼吸器疾患 | COPD(慢性閉塞性肺疾患)、間質性肺炎 | 呼吸状態が急激に悪化するリスクが高い。 |
| 循環器疾患 | 慢性心不全、重度の不整脈 | 肺炎の負担で心臓の機能が悪化しやすい。 |
| その他 | コントロール不良の糖尿病、腎不全、肝硬変 | 免疫力が低く、感染症が重症化しやすい。 |
外来治療の適応と管理
全ての肺炎で入院が必要なわけではありません。条件が整えば、ご自宅で生活しながら薬を飲んで治療する「外来治療」が可能です。
外来治療可能な条件
外来で治療を行うための主な条件は、重症度分類で「軽症」であることです。具体的には、A-DROPスコアが0点であり、かつ全身状態が良好であることが基本となります。
それに加え、以下の点も重要です。
- 経口で食事や薬がしっかりとれること
- ご自宅での療養環境が整っていること
- 状態が悪化した際に、すぐに医療機関に相談・受診できること
抗生剤治療の選択と効果判定
外来治療では、主に飲み薬の抗菌薬(抗生剤)を使用します。原因と考えられる菌の種類を推定し、最も効果が期待できる薬を選択します。
治療を始めてから2〜3日経っても熱が下がらない、咳や息苦しさが悪化するなど、症状の改善が見られない場合は、薬が効いていない可能性があります。
その際は、薬の変更や、入院治療への切り替えを検討する必要があります。
外来治療中の悪化のサイン
| 観察項目 | 注意すべき変化 | 対応 |
|---|---|---|
| 熱 | 38度以上の熱が3日以上続く | 医療機関に相談する |
| 呼吸 | 安静にしていても息苦しい、呼吸が速い | 速やかに医療機関に連絡する |
| 意識 | ぼんやりしている、呼びかけへの反応が鈍い | 緊急の対応が必要な場合がある |
外来フォローアップの重要性
外来治療で最も大切なことの一つが、治療開始後の再診(フォローアップ)です。
薬を飲み始めたからといって安心せず、指定された日に必ず医療機関を受診し、治療効果の判定や副作用の確認をしてもらうことが重要です。
このフォローアップにより、万が一治療がうまくいっていない場合でも、早期に対応することができます。
訪問診療における肺炎対応
通院が困難な方や、ご自宅での療養を強く希望される方にとって、訪問診療は肺炎治療の大きな支えとなります。
医師や看護師がご自宅に伺い、病院の外来や入院に準じた医療を提供します。
在宅での肺炎診断と初期対応
訪問診療では、医師がご自宅で患者さんを診察し、ポータブルの医療機器(聴診器、血圧計、パルスオキシメーターなど)を用いて肺炎の診断を行います。
肺炎が疑われる場合には、ご自宅で点滴による抗菌薬の投与を開始したり、痰を出しやすくする薬を処方したりするなど、迅速な初期対応が可能です。
必要に応じて、ポータブルのレントゲン装置で胸部撮影を行うこともあります。
誤嚥性肺炎の予防と管理
在宅療養中のご高齢の方にとって、誤嚥性肺炎は常に注意すべき病気です。訪問診療では、治療だけでなく、この誤嚥性肺炎を「起こさせない」ための予防的な関わりも重視します。
食事の形態が患者さんの飲み込む力に合っているか、食事の際の姿勢は適切かなどを評価し、ご家族や介護スタッフに具体的なアドバイスを行います。
また、口の中を清潔に保つ口腔ケアも誤嚥性肺炎の予防に大変有効であり、歯科医師や歯科衛生士と連携して指導することもあります。
ご自宅でできる誤嚥性肺炎の予防策
| 項目 | 具体的な工夫 | 目的 |
|---|---|---|
| 食事の姿勢 | 少し前かがみの姿勢で、顎を引く | 食べ物が気管に入りにくくなる。 |
| 食事の形態 | 刻み食、ミキサー食、とろみ剤の使用 | 飲み込みやすい形状に調整する。 |
| 口腔ケア | 食後や就寝前の歯磨き、うがい | 口の中の細菌を減らし、誤嚥時のリスクを低減する。 |
在宅酸素療法と呼吸管理
肺炎によって血液中の酸素が不足した場合には、「在宅酸素療法」を導入することがあります。これは、酸素濃縮器という機械をご自宅に設置し、鼻につけたチューブから酸素を吸入する治療法です。
訪問診療医や訪問看護師が定期的に訪問し、適切な酸素量が投与されているか、呼吸状態に変化はないかなどを確認し、安心して療養生活が送れるよう支援します。
緊急時の往診と入院判断
ご自宅での療養中に容体が急変した場合には、かかりつけの訪問診療クリニックが緊急で往診します。
診察の結果、ご自宅での治療継続が困難と判断した場合には、地域の連携病院と速やかに連絡を取り、スムーズに入院できるよう手配します。
事前に連携体制を整えておくことで、いざという時にも迅速な対応が可能になります。
家族・介護者への指導
ご自宅で肺炎の患者さんを看るご家族や介護者の方々は、日々の変化に最も早く気づくことができる重要な存在です。
訪問診療では、どのような点に注意して観察すればよいか、どのような状態になったら連絡すべきかなどを具体的にお伝えします。
ご家族の不安を和らげ、一緒に患者さんを支えていく体制を作ることが大切です。
ご家族が観察すべきポイント
| 観察項目 | 正常な目安 | 緊急連絡が必要なサイン |
|---|---|---|
| 呼吸の回数 | 1分間に20回程度まで | 1分間に25回以上、肩で息をしている |
| 意識レベル | 呼びかけに普段通り反応する | 呼びかけても反応が鈍い、つじつまが合わない |
| 食事・水分 | 普段の半分以上は摂れている | ほとんど食べられない、飲めない状態が続く |
医療機関連携システム
肺炎治療を成功させるためには、一つの医療機関だけでなく、地域のさまざまな医療・介護サービスが協力し合う「連携」が重要です。
特に、在宅医療と病院医療の間のスムーズな連携は、患者さんの安心に直結します。
急性期病院との連携体制
訪問診療クリニックは、地域の基幹となる急性期病院(高度な医療や緊急治療を行う病院)と密接な連携体制を築いています。
在宅での療養中に肺炎が悪化し、入院が必要になった際には、患者さんの普段の様子や病状に関する情報を病院に提供し、迅速かつ適切な治療につなげます。
紹介・逆紹介のタイミング
患者さんの状態に合わせて、最適な場所で医療を提供するために「紹介」と「逆紹介」を行います。「紹介」とは、訪問診療から病院へ、より専門的な治療を依頼することです。
「逆紹介」とは、病院での急性期治療が終わり、病状が安定した患者さんを、再び地域の訪問診療クリニックが引き継いで在宅療養を支援することです。
この流れが円滑に行われることで、切れ目のない医療が実現します。
紹介・逆紹介の判断目安
| 流れ | 判断の目安 | 目的 |
|---|---|---|
| 紹介(在宅→病院) | 重症化、専門的な検査・治療が必要 | 集中的な治療で早期の回復を目指す。 |
| 逆紹介(病院→在宅) | 急性期治療が終了、病状が安定 | 住み慣れた環境で療養を継続する。 |
退院後の継続医療
肺炎で入院し、無事に退院できたとしても、それで終わりではありません。特にご高齢の方は、体力が落ちていたり、再発のリスクがあったりするため、退院後も継続的な医療的サポートが必要です。
病院から在宅へ戻る際には、入院中の治療経過や退院後の注意点などの情報を病院と訪問診療クリニックで共有し、患者さんがご自宅で安心して生活を再開できるよう支援します。
多職種チームでの情報共有
一人の患者さんを支えるためには、医師や看護師だけでなく、ケアマネージャー、薬剤師、理学療法士、ヘルパーなど、多くの専門職が関わります。
これらの「多職種チーム」が定期的に情報を共有し、それぞれの専門的な視点から患者さんの状態を評価し、治療やケアの方針を話し合うことで、より質の高い在宅療養を提供することができます。
よくある質問
肺炎治療に関して、多くの方から寄せられるご質問とその回答をまとめました。
- 肺炎は他の人にうつりますか?
-
原因となる病原体によります。インフルエンザウイルスやマイコプラズマなどが原因の場合は、咳やくしゃみを通じて他の人にうつる可能性があります。
一方で、高齢者の肺炎で多い誤嚥性肺炎は、自身の口の中の細菌が原因なので、他の人にうつることはありません。感染対策として、咳エチケットや手洗いが基本となります。
- 肺炎球菌ワクチンを接種すれば、絶対に肺炎にならないのですか?
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いいえ、ワクチンは肺炎を完全に防ぐものではありません。肺炎球菌ワクチンは、その名の通り「肺炎球菌」という細菌による肺炎の重症化を防ぐ効果が期待できるものです。
肺炎の原因は他にもたくさんあるため、ワクチンを接種していても肺炎になる可能性はあります。しかし、重症化リスクを減らす上で非常に有効な手段です。
- 肺炎で食欲がないときは、どうすればよいですか?
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無理に固形物を食べる必要はありません。まずは、スポーツドリンクや経口補水液、ゼリー飲料、スープなど、水分と塩分、糖分を補給できるものを少量ずつ摂るように心がけてください。
脱水は体力を奪い、肺炎の回復を遅らせる原因になります。水分補給を最優先に考えましょう。
- 入院した場合、期間はどのくらいになりますか?
-
患者さんの重症度や年齢、基礎疾患の有無などによって大きく異なりますが、一般的には1週間から2週間程度が一つの目安です。
ただし、合併症を起こした場合や、なかなか改善が見られない場合は、さらに長期間の入院が必要になることもあります。
- 訪問診療で点滴はできますか?
-
はい、可能です。脱水に対する水分補給の点滴や、抗菌薬の点滴など、多くの点滴治療をご自宅で行うことができます。
通院の負担なく、ご自宅でリラックスしながら治療を受けられるのが訪問診療の利点の一つです。
今回の内容が皆様のお役に立ちますように。

