塩分摂取と疾患の深い関係 – 訪問診療医が語る予防と管理

塩分摂取と疾患の深い関係 - 訪問診療医が語る予防と管理

毎日の食事に欠かせない塩分。しかし、その摂取量が私たちの健康、特に様々な疾患の発生や進行に深く関わっていることをご存知でしょうか。

特にご高齢の方や、複数のご病気を抱えながらご自宅で療養されている方にとって、塩分の管理は健康寿命を延ばす上で非常に重要な課題となります。

この記事では、訪問診療の現場から見える塩分摂取と疾患の密接なつながり、そしてご自宅で実践できる効果的な減塩の方法や専門家によるサポートについて、分かりやすく解説します。

目次

はじめに なぜ今、塩分摂取が重要視されるのか?

日々の生活の中で、私たちは意識せずとも多くの塩分を摂取しています。

この塩分が、単に食事の味を決定づけるだけでなく、私たちの体内で重要な役割を担う一方で、過剰になれば多くの健康問題を引き起こす原因となります。

特に、在宅での療養生活を送る方々にとっては、塩分管理が日々の体調や病状の安定に直結することも少なくありません。

ここでは、現代の日本において塩分摂取がなぜこれほどまでに重要視されるのか、その背景と理由を掘り下げていきます。

日本人の食生活と塩分摂取の現状

和食は健康的というイメージがありますが、醤油や味噌、漬物といった伝統的な調味料や食品には塩分が多く含まれる傾向があります。

厚生労働省が示す食塩摂取量の目標値は、健康な成人男性で7.5g/日未満、女性で6.5g/日未満とされています。

さらに、高血圧や腎臓病などの疾患を持つ方には、より厳しい6.0g/日未満という目標が設定されています。しかし、実際の日本人の平均摂取量はこれらの目標を上回っているのが現状です。

特に外食や加工食品を利用する機会が増えた現代では、知らず知らずのうちに塩分を過剰に摂取しているケースが多く見られます。

食塩摂取量の目標と現状

対象目標値(1日あたり)実際の平均摂取量(参考)
成人男性7.5g 未満約10.9g
成人女性6.5g 未満約9.3g
高血圧・腎臓病の方6.0g 未満

「塩分=高血圧」だけではない、全身に及ぼす影響

「塩分を摂りすぎると血圧が上がる」ということは広く知られています。これは事実であり、塩分過多が引き起こす最も代表的な健康問題です。

しかし、塩分の過剰摂取がもたらす影響はそれだけにとどまりません。過剰な塩分は、心臓や腎臓に直接的な負担をかけ、心不全や腎機能低下を進行させます。

また、胃の粘膜を荒らし、胃がんのリスクを高めることも指摘されています。

さらに、骨に含まれるカルシウムの尿中への排泄を促し、骨粗鬆症の原因となったり、脳の血流に影響を与えて認知機能の低下に関与する可能性も研究で示唆されています。

このように、塩分は全身の様々な臓器や機能に影響を及ぼすのです。

健康寿命の鍵を握る「減塩」の重要性

健康寿命とは、介護などを必要とせず、自立して健康に生活できる期間のことを指します。多くの人が、単に長生きするだけでなく、最期まで自分らしく元気に過ごしたいと願っています。

この健康寿命を延ばす上で、減塩は極めて重要な役割を果たします。

塩分摂取を適切に管理し、高血圧やそれに伴う心臓病、脳卒中といった重大な疾患を予防することは、寝たきりや要介護状態になるリスクを大幅に減らすことにつながります。

日々の小さな減塩の積み重ねが、将来の健やかな生活を守るための大きな投資となるのです。

在宅療養における塩分管理の難しさと専門的介入の必要性

ご自宅で療養されている方、特にご高齢の方の場合、塩分管理には特有の難しさが伴います。加齢による味覚の変化で塩味を感じにくくなり、無意識のうちに味付けが濃くなってしまうことがあります。

また、食欲が低下している方に対して、減塩による味の変化がさらに食事摂取量を減らしてしまうのではないかという懸念から、ご家族が減塩に踏み切れないケースも少なくありません。

嚥下機能の低下や認知症といった個々の状況に合わせた食事の工夫も必要です。

このような複雑な状況において、医師や管理栄養士といった専門家が介入し、医学的な観点から個人の状態に合わせた適切な塩分管理を指導・サポートすることが、病状の安定と生活の質の維持に繋がります。

塩分摂取が引き起こす、あるいは悪化させる主な疾患

塩分の過剰摂取は、体内の水分バランスを崩し、血液量を増加させることで、血管や各臓器に多大な負担をかけます。

この状態が長く続くと、様々な疾患の発症や悪化の引き金となります。

訪問診療の現場では、塩分管理が不十分なために、持病が悪化してしまったり、新たな合併症を引き起こしたりする方を数多く目にします。

ここでは、塩分と特に深い関わりを持つ代表的な疾患について、その関係性を詳しく解説します。

循環器疾患(高血圧、心不全、脳卒中)との直接的な関係

塩分と循環器疾患の関係は非常に密接です。体内のナトリウム濃度が上がると、それを薄めるために体は水分を溜め込み、結果として循環する血液量が増加します。

増えた血液を全身に送り出すため、心臓はより強く収縮し、血管には常に高い圧力がかかります。これが高血圧の状態です。

高血圧が続くと、血管の壁は次第に厚く、硬くなり(動脈硬化)、心臓は常に過剰な労働を強いられるため疲弊し、心不全を引き起こします。

また、もろくなった脳の血管が高い圧力に耐えきれず破れたり(脳出血)、血栓が詰まったり(脳梗塞)することで、脳卒中を発症するリスクが飛躍的に高まります。

減塩は、これらの循環器疾患の予防と治療の基本中の基本と言えます。

血圧レベルと疾患リスク

血圧分類収縮期血圧拡張期血圧
正常血圧120mmHg未満80mmHg未満
高血圧(Ⅰ度)140-159mmHg90-99mmHg
高血圧(Ⅱ度以上)160mmHg以上100mmHg以上

腎機能低下を加速させる塩分の影響と腎臓保護

腎臓は、血液をろ過して老廃物や余分な塩分・水分を尿として排泄する、体の浄水場のような役割を担っています。

塩分を過剰に摂取すると、腎臓はこの余分な塩分を排泄するためにフル稼働しなければならず、大きな負担がかかります。

この状態が長く続くと、腎臓のフィルター機能を持つ糸球体がダメージを受け、徐々に腎機能が低下していきます。

特に、糖尿病や高血圧が原因で既に腎機能が低下している方の場合、塩分過多は腎不全への進行を著しく早める要因となります。

腎臓を守るためには、血圧の管理と共に、腎臓に直接的な負担をかける塩分の摂取を厳格に制限することが極めて重要です。一度失われた腎機能は、残念ながら元に戻ることはありません。

胃がんのリスクファクターとしての塩分・塩蔵食品

塩分濃度の高い食事は、胃の粘膜を保護している粘液層を破壊し、胃の壁を直接刺激して炎症を引き起こします。この慢性的な炎症が、胃がんの発生リスクを高める一因と考えられています。

特に、塩辛や漬物、干物といった塩蔵食品を頻繁に食べる習慣は注意が必要です。

さらに、胃がんの主要な原因とされるヘリコバクター・ピロリ菌に感染している人が高濃度の塩分を摂取すると、ピロリ菌の活動が活発化し、発がん作用がさらに増強されるという報告もあります。

胃の健康を保つためにも、塩辛い食品を控え、バランスの取れた食生活を心がけることが大切です。

塩分が多く含まれる食品の例

食品名1食あたりの食塩相当量(目安)ポイント
カップラーメン(汁含む)約5.0g – 7.0g汁を全部飲むと塩分量が非常に多くなる。
梅干し(1個)約2.0g減塩タイプを選ぶなどの工夫が必要。
ちくわ(1本)約0.6g練り製品は意外に塩分が多い。

骨粗鬆症や認知機能低下との意外な関連性

塩分と骨、そして脳。一見すると関係がなさそうに思えますが、近年の研究でその関連性が指摘されています。塩分(ナトリウム)を過剰に摂取すると、体は尿としてナトリウムを排泄しようとします。

その際、カルシウムも一緒に排泄されてしまうため、体内のカルシウムが不足しがちになります。この状態が続くと、骨からカルシウムが溶け出し、骨密度が低下して骨粗鬆症のリスクが高まります。

また、高血圧は脳の細い血管にダメージを与え、脳の血流を悪化させます。この血流障害が、物忘れなどの認知機能低下や、脳血管性認知症の一因となる可能性が考えられています。

骨や脳の健康を守るという観点からも、減塩は重要な意味を持つのです。

特に注意が必要な方々 訪問診療で見る塩分過多のリスク

ご自宅で療養生活を送る方々の中には、その方の年齢、お体の状態、併せ持つご病気などによって、特に塩分管理に注意を払う必要がある方々がいらっしゃいます。

訪問診療では、こうした個々の状況を詳細に把握し、それぞれのリスクに応じたきめ細やかな対応を行います。

ここでは、訪問診療の現場で特に塩分過多のリスクが高いと感じるケースについて、具体的な状況とその対応のポイントを解説します。

高齢者における味覚の変化と塩分過多の罠

年齢を重ねると、味を感じる細胞である「味蕾(みらい)」の数が減少し、機能も低下するため、味覚、特に塩味を感じにくくなる傾向があります。そのため、以前と同じ味付けでは物足りなく感じ、無意識のうちに醤油や塩を多く使ってしまうのです。ご本人は「薄味で物足りない」と感じていても、実際には十分な、あるいは過剰な塩分を摂取しているというケースは少なくありません。これが「塩分過多の罠」です。ご家族が調理する場合も、ご本人の「もっと味を濃くしてほしい」という要望に応えているうちに、いつの間にか家族全体の食事が塩辛くなってしまうこともあります。まずはご自身の味覚が変化している可能性を認識することが第一歩です。

複数の疾患を持つ方の塩分管理の複雑さ

心不全、腎臓病、高血圧、糖尿病など、複数の疾患を併せ持っている方の場合、塩分管理はさらに複雑になります。

それぞれの疾患で推奨される塩分制限量が異なる場合があり、どの基準に合わせるべきか判断が難しいことがあります。

例えば、心不全では厳格な塩分・水分制限が必要ですが、脱水を起こしやすい状態の方では、そのバランスを慎重に見極めなければなりません。

また、服用している薬の種類によっては、体内のナトリウムバランスに影響を与えるものもあります。自己判断で塩分を極端に制限したり、逆に緩めてしまったりすることは危険を伴います。

必ず主治医や専門家と相談し、ご自身の状態に合わせた適切な管理目標を設定することが重要です。

疾患別の1日食塩摂取目標量(目安)

疾患名目標量注意点
高血圧6.0g 未満日本高血圧学会のガイドラインに基づく。
慢性腎臓病(CKD)3.0g – 6.0g 未満病期や状態により異なるため医師の指示に従う。
心不全6.0g 未満症状に応じて水分制限も同時に行うことがある。

嚥下機能が低下した方の食事と塩分調整のポイント

食べ物や飲み物をうまく飲み込むことが難しくなる嚥下機能の低下は、ご高齢の方によく見られる症状です。

誤嚥性肺炎を防ぐために、食事にとろみをつけたり、食材を細かく刻んだりする工夫が必要になります。しかし、こうした食事形態の変更は、味の感じ方にも影響を与えます。

とろみをつけると味がぼやけやすく、塩味を感じにくくなることがあります。

また、刻み食やミキサー食は食材の表面積が増えるため、調味料が絡みやすくなり、意図せず塩分量が増えてしまう可能性もあります。

だしを効かせたり、風味の良い食材を使ったりして、塩分に頼らなくても美味しく感じられるような工夫が求められます。

認知症の方への食事提供と塩分管理の工夫

認知症の症状によっては、食事の管理が難しくなることがあります。

例えば、満腹感が得られにくくなり、調味料を際限なくかけてしまう、同じものを何度も食べたがる、といった行動が見られることがあります。また、味覚の変化や嗜好の変化が起こることもあります。

このような場合、ご家族だけで対応するのは大変な困難を伴います。

食卓に調味料を置かない、一食分ずつ配膳する、彩りや盛り付けを工夫して食事への興味を引くなど、環境面での工夫が有効な場合があります。

ご本人の尊厳を守りつつ、安全に栄養と塩分の管理を行うためには、訪問診療チームのような専門家のサポートを活用することが助けになります。

在宅緩和ケアにおける塩分管理とQOLのバランス

がんの終末期など、在宅で緩和ケアを受けている方の場合、塩分管理の考え方は少し異なります。

病状の進行を緩やかにするための厳格な食事制限よりも、ご本人が「食べたい」と思うものを、美味しく、楽しく食べられること、つまり生活の質(QOL)を維持・向上させることが最優先される場合があります。

食欲が著しく低下している中で、厳しい減塩食がさらなる食欲不振を招いては本末転倒です。

もちろん、むくみや呼吸困難といった苦痛な症状を緩和するために、ある程度の塩分調整は必要ですが、その場合でも「制限」という考え方ではなく、ご本人の希望を最大限に尊重しながら、安楽な療養生活を送れるようサポートする視点が大切になります。

明日からできる!在宅での効果的な減塩アプローチ

減塩と聞くと、「食事が味気なくなりそう」「手間がかかって大変そう」といったイメージを持つ方も多いかもしれません。

しかし、いくつかのコツを知るだけで、無理なく、そして美味しく塩分を減らすことが可能です。大切なのは、我慢して塩分を「減らす」ことよりも、工夫して美味しさを「置き換える」という発想です。

ここでは、ご家庭ですぐに実践できる具体的な減塩のアプローチをご紹介します。

「減らす」より「置き換える」減塩のコツ(香辛料・香味野菜の活用)

塩味を減らした分、他の味や香りをプラスすることで、食事の満足感を高めることができます。酸味、辛味、香味、うま味などを上手に活用するのがポイントです。

例えば、酢やレモン汁、ゆずなどの柑橘類の酸味は、塩味を引き立て、さっぱりとした味わいにしてくれます。

唐辛子やこしょう、カレー粉などの香辛料は、味にアクセントと刺激を与え、薄味でも物足りなさを感じさせません。

また、しそ、みょうが、ねぎ、しょうが、にんにくなどの香味野菜は、料理に豊かな香りを加えてくれます。昆布やかつお節、きのこ類からとれる「だし」のうま味をしっかり効かせることも、減塩の基本です。

減塩に役立つ香味野菜・香辛料

  • 香味野菜:しそ、みょうが、しょうが、にんにく、パセリ、バジル
  • 香辛料:こしょう、唐辛子、カレー粉、山椒、わさび
  • 酸味:酢、レモン汁、すだち、かぼす

うま味成分を活用した減塩

うま味成分多く含まれる食材活用法
グルタミン酸昆布、トマト、チーズだしを取る、トマトソースに活用する。
イノシン酸かつお節、煮干し、肉類だしを取る、煮込み料理に活用する。
グアニル酸干ししいたけ、きのこ類だしを取る、炒め物やスープに加える。

加工食品・外食に潜む「見えない塩分」の見つけ方

自炊では塩分に気をつけていても、加工食品や外食を利用すると、気づかないうちに多くの塩分を摂取してしまうことがあります。

ハムやソーセージ、練り製品、パン、インスタント食品などには、保存性や味付けのために意外なほど多くの塩分が含まれています。これらは「見えない塩分」とも呼ばれます。

加工食品を購入する際は、必ずパッケージの裏にある栄養成分表示を確認する習慣をつけましょう。「食塩相当量」という項目をチェックし、なるべく少ないものを選ぶようにします。

外食の際は、丼物や麺類よりも定食を選ぶ、麺類の汁は残す、ドレッシングやソースは別添えにしてもらうなどの工夫で、塩分摂取量を抑えることができます。

隠れ塩分に注意したい加工食品

食品カテゴリー代表的な食品減塩のポイント
練り製品かまぼこ、ちくわ、さつま揚げ下ゆでして塩分を抜く。
パン類食パン、総菜パン6枚切り食パン1枚に約0.8gの塩分。
インスタント食品カップ麺、インスタントスープ粉末スープの量を減らす、汁を残す。

調理法で変わる塩分量(「かける」より「つける」、汁物は具沢山に)

同じ量の調味料を使っても、調理法を工夫するだけで塩味の感じ方が変わり、結果的に減塩につながります。

例えば、醤油やソースを料理全体に「かける」のではなく、小皿に入れて「つける」ようにすると、舌に直接塩味が当たるため、少ない量でも満足感を得やすくなります。

また、食材の表面に味を絡めることも効果的です。煮物などは、長時間煮込むよりも、最後に調味料を絡めるようにすると、内部まで塩分が浸透しすぎず、表面でしっかり味を感じることができます。

味噌汁やスープなどの汁物は、野菜やきのこ、海藻などの具をたくさん入れることで、汁の量が減り、うま味も増すため、自然と減塩になります。

調理の工夫で減塩

  • かける → つける
  • 煮込む → 絡める
  • 汁物は具沢山に
  • 炒め物は最後に香りづけ

ご家族・介護者が知っておきたい減塩サポートの心構え

ご本人の減塩をサポートするご家族や介護者の方には、いくつかの心構えが大切です。

まず、減塩を「禁止」や「制限」と捉えるのではなく、「健康のための工夫」として前向きに取り組む姿勢が重要です。

ご本人だけ減塩食にするのではなく、家族みんなで薄味に慣れていくことで、孤独感や不満を感じにくくなります。また、最初から完璧を目指す必要はありません。

「まずは汁物の汁を半分残すことから」など、できそうなことから少しずつ始めるのが長続きの秘訣です。そして何より、ご本人の努力を認め、褒めることが大きな励みになります。

減塩は一人で頑張るものではなく、家族や周りの人々と協力しながら、楽しみながら続けていくことが成功の鍵です。

専門家によるサポート 訪問診療における塩分管理と疾患予防

日々の努力だけでは塩分管理が難しい場合や、複数の疾患を抱えていて専門的な判断が必要な場合には、専門家のサポートが大きな力となります。

訪問診療では、医師、看護師、管理栄養士などの多職種がチームとなり、ご自宅での療養生活を総合的に支援します。

単に食事内容を指導するだけでなく、その方の生活背景や価値観、心身の状態を深く理解した上で、実現可能で継続できる塩分管理の方法を一緒に考えていきます。

医師による定期的な診察と医学的観点からの食事指導

訪問診療の医師は、定期的にお宅に伺い、血圧や体重の測定、むくみの有無の確認、心臓や肺の音の聴診など、全身の状態を継続的に診察します。

これらの診察結果とご本人の自覚症状の変化を照らし合わせ、塩分管理が適切に行われているか、病状にどのような影響を与えているかを医学的に評価します。

その上で、「むくみが出てきているので、もう少し塩分を控えてみましょう」「血圧が安定しているので、この調子で続けましょう」といった、具体的な目標設定や指導を行います。

薬の調整と食事指導を連携して行えるのも、訪問診療の大きな利点です。

管理栄養士と連携した、個別栄養プランの作成と提案

多くの訪問診療クリニックでは、管理栄養士と連携しています。管理栄養士は栄養の専門家として、医師の指示のもと、より具体的で実践的な食事のサポートを行います。

普段どのような食事をされているのか、調理は誰が担当しているのか、経済的な状況はどうか、といった詳細な情報を伺いながら、その方の生活に合わせた無理のない栄養プランを作成します。

減塩調味料の上手な使い方、塩分を控えても美味しく食べられる調理のコツ、コンビニやスーパーの惣菜を上手に活用する方法など、明日からすぐに役立つ情報を提供し、減塩生活を力強く後押しします。

ご家族・介護スタッフへの情報提供と実践的アドバイス

在宅療養における塩分管理は、ご本人だけでなく、食事の準備をするご家族や介護スタッフの協力が欠かせません。訪問診療チームは、療養に関わる全ての方々をサポートの対象と考えます。

ご家族に対して、なぜ減塩が必要なのか、どのくらいの塩分量を目指すべきなのかを分かりやすく説明し、不安や疑問に丁寧に答えます。

また、介護スタッフが集まるカンファレンスに参加し、食事介助の際の注意点や、日々の食事記録の付け方など、専門的な視点から情報提供やアドバイスを行い、チーム全体でご本人を支える体制を構築します。

血液検査データに基づいた客観的な塩分摂取状況の評価

日々の食事内容の聞き取りに加えて、血液検査や尿検査のデータは、塩分摂取状況を客観的に評価するための重要な情報源となります。

例えば、尿の中にどれくらいのナトリウムが排泄されているかを調べることで、24時間で摂取した食塩の量をおおよそ推定することができます。

この客観的なデータをご本人やご家族と共有することで、現在の食生活への理解が深まり、「思ったより塩分を摂っていたんだな」といった気づきに繋がります。

この気づきが、減塩へのモチベーションを高め、行動変容を促すきっかけとなることも少なくありません。

塩分摂取状況の評価指標

検査項目評価内容補足
尿中ナトリウム排泄量1日の食塩摂取量を推定する。客観的な指標として有用。
血液中ナトリウム濃度体内のナトリウムバランスを評価する。脱水や心不全、腎不全の指標にもなる。
体重・血圧・浮腫塩分・水分バランスの変動を評価する。日々のモニタリングが重要。

塩分摂取と疾患に関するよくある質問

塩を全く摂らない方が良いのですか?

いいえ、それは間違いです。塩分(ナトリウム)は、体内の水分バランスの調整や、神経・筋肉の正常な働きに欠かせない必須ミネラルです。

全く摂取しないと、脱水症状や筋肉のけいれん、意識障害など、深刻な健康問題を引き起こす可能性があります。

重要なのは「摂りすぎない」ことであり、「ゼロにする」ことではありません。健康な方でも、生命維持のために最低限必要な食塩量は1日1.5g程度と言われています。

通常の食事をしていれば不足することはほとんどありませんが、極端な食事制限は危険です。

「減塩」と「無塩」の違いは何ですか?

「減塩」とは、食品に含まれる塩分を意図的に減らすことを指します。

例えば、「減塩しょうゆ」は通常の醤油に比べて塩分がカットされていますが、塩分が全く含まれていないわけではありません。

一方、「無塩」は文字通り塩分を全く加えていないことを意味します。「食塩不使用」と表示されることもあります。

例えば、「無塩パン」や「無塩バター」などがあります。減塩に取り組む際は、これらの表示を正しく理解し、目的に応じて使い分けることが大切です。

天然塩ならたくさん摂っても大丈夫ですか?

天然塩(自然塩)には、ナトリウム以外にカリウムやマグネシウムなどのミネラルが含まれているため、精製塩よりも健康的というイメージがあるかもしれません。

しかし、主成分が塩化ナトリウムであることに変わりはなく、塩分であることには違いありません。たくさん摂取すれば、精製塩と同様に血圧を上げ、様々な疾患のリスクを高めます。

ミネラルが豊富であるという利点はありますが、だからといって摂取量を増やす理由にはなりません。どのような種類の塩であっても、摂取量をコントロールすることが重要です。

汗をかいた日は塩分を多めに摂るべきですか?

大量の汗をかくと、水分と共に塩分も失われます。そのため、熱中症予防の観点からは、水分補給と同時に適度な塩分補給も必要です。

ただし、これは炎天下での長時間の労働や激しいスポーツといった特殊な状況での話です。日常生活でかく程度の汗であれば、通常の3度の食事で十分に塩分は補給できます。

特に高血圧や心臓病、腎臓病をお持ちの方が、自己判断で塩分を多めに摂ることは、病状を悪化させる危険があります。

汗をかいた日の塩分補給については、必ず主治医に相談するようにしてください。

減塩食は美味しくないイメージがありますが、続けるコツはありますか?

減塩を続ける最大のコツは、「美味しさ」を諦めないことです。

この記事でも紹介したように、だしをしっかり効かせる、香辛料や香味野菜で香りをプラスする、酢や柑橘類で酸味を加えるといった工夫で、塩分が少なくても満足感のある食事を作ることは十分に可能です。

また、人間の味覚は慣れるもので、薄味を続けていると、徐々に素材そのものの味を感じられるようになり、以前は美味しいと感じていたものが塩辛く感じるようになります。

最初から完璧を目指さず、少しずつ薄味に慣れていくこと、そして何よりも減塩を楽しみながら工夫することが、長続きの秘訣です。

今回の内容が皆様のお役に立ちますように。
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この記事を書いた人

新井 隆康のアバター 新井 隆康 富士在宅診療所 院長

医師
医療法人社団あしたば会 理事長
富士在宅診療所 院長
順天堂大学医学部卒業(2001)
スタンフォード大学ポストドクトラルフェロー
USMLE/ECFMG取得(2005)
富士在宅診療所開業(2016)

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