訪問診療におけるDNAR(蘇生処置拒否)指示書とは?法的な効力と作成手順

DNAR指示書は、心停止時に心肺蘇生を行わないという本人の意思を踏まえ、医師が出す指示を記録した書面です。
自宅療養中に署名を求められたときは、何を行わない指示なのかを訪問医と確かめ、共有先まで決めておく必要があります。書面自体に一律の法的な拘束力はなく、作成後も希望に応じて取り消しや変更が可能です。
この記事では、訪問診療でのDNAR指示書の法的な効力、作成の手順、本人が意思を示せないときの判断、保管と見直しを解説します。
DNAR指示書は本人の意思を医師の指示として残す書面
署名する用紙を渡されたら、まず「いつ、何を行わない指示か」を説明してもらうのが出発点です。心臓が止まったときの対応を明確にし、関わる医療者が同じ方針を確認できるように残します。
対象になるのは心停止時の心肺蘇生
DNARは心肺蘇生を試みないという指示を表し、DNRも同じ場面で用いられますが、蘇生の成功が保証されない点を踏まえた表現がDNARです。
心肺蘇生とは、心臓が血液を送り出せなくなったときに、胸の中央を押す胸骨圧迫や人工呼吸を行い、血液の流れと呼吸を回復させようとする処置を指します。
指示が適用される場面は心停止であり、「体調が悪くなったら治療をしない」という意味まで広げて受け取るのは誤りです。呼吸が苦しいときや熱が出たときの診療方針は、その時点の病状と希望に沿って検討されます。
希望のメモから医師の指示へつなぐ
本人が書いた希望のメモは、訪問医に意思を伝える材料として役立ちます。指示書にするには、現在の病状に照らして対象となる処置を話し合い、医師による判断と記録につなげる段階が必要です。
用紙に署名する前に確かめたいのは、説明を受けて納得した内容と、記載された指示が一致しているかという点です。本人の希望、医師からの説明、話し合いで決まった内容が結びついて残ると、別の担当者にも判断の背景が伝わります。
年齢や介護の状態だけでは決まらない
高齢である、寝たきりであるといった理由だけで、本人の意向を確かめずにDNARを決めるものではありません。今の病気で蘇生を受けた場合にどのような経過が見込まれるかを聞き、その説明を踏まえて希望を伝えるのが基本です。
また、DNARへの同意は、通常の医療や看護を制限したり、苦痛を和らげるケアを受ける権利を手放したりする意味を持ちません。
法的な拘束力と意思を記録する意味
日本ではDNAR指示書の効力を一律に定める法律はなく、書面そのものに、すべての医療者や救急隊を従わせる法的な拘束力はありません。それでも、本人の意思を尊重して医療方針を決めるための記録として意味があります。
署名だけで医療行為が自動的に決まるわけではない
署名済みの書面があっても、そこに記された場面と実際の病状が合っているか、本人の希望がその後変わっていないかを確かめて扱われます。作成日に納得していた内容でも、別の病気になった後や治療の見通しが変わった後には、再度の話し合いが必要です。
医師の署名がある用紙も、あらゆる対応の責任をなくす免責書類とは異なります。書式を使用したというだけで、法的な免責が得られるわけではありません。
本人の意思を尊重するために残す内容
書面の価値は、署名の有無だけでなく、どの説明を受けて何を希望したのかが後から確かめられる点にあります。意思を伝えられる間に話した内容が記録されていれば、声を出せなくなった後にも、医療方針を検討する材料となります。
| 書面で残す内容 | 判断に役立つ点 |
|---|---|
| 希望を確認した日と病状 | その後の変化を踏まえて読み直せる |
| 説明を受けた処置の範囲 | 本人が何に同意したかを確かめられる |
| 話し合いの参加者と経緯 | 意思を確認した相手や記録をたどれる |
曖昧な表現があれば、実際に想定される場面を訪問医に尋ね、納得した言葉で補足してもらいましょう。
保管のために役所へ提出する書類ではない
DNAR指示書は、役所へ提出して許可を受ける制度の書類ではなく、診療に関わる人たちの間で共有する医療上の記録です。本人の手元に1枚置くだけで完了とせず、訪問医の診療録にも方針と経緯が残っているかを確かめる必要があります。
医療機関や施設が変わると、使う書式や受け取った後の確認方法も変わります。以前の書面を渡す際には、新しい担当医が内容を読み、現在の病状に合う指示として扱えるかを話し合う場を設けます。
訪問医との説明から作成までの進め方
作成は、病状と見通しの説明を受け、本人の意思を確かめ、医師が指示として記録する順が基本です。署名を先に済ませる必要はなく、話し合う時間を頼むところから始められます。
訪問診療を利用していないときの連絡先
すでに訪問診療を受けているなら、自宅へ定期的に来る訪問医に、DNAR指示書について説明を聞きたいと伝えます。次の診察で扱える内容か、本人と家族がそろう時間を別に取るかを相談すると、署名だけを急がずに進められます。
まだ利用していない場合の最初の連絡先は、現在診てもらっているかかりつけ医です。通院が難しくなっている事情と自宅での療養希望を伝え、訪問診療を担う医療機関への紹介を相談できます。
かかりつけ医もいない場合は、市区町村の高齢者相談窓口である地域包括支援センターに、自宅で医師の診療を受けたいと伝えます。入院中なら、退院後の療養先を調整する退院支援窓口が、訪問医につなぐ相談先です。
説明を聞き、意思を確かめて記録する
説明では、病気の進み方と、心停止時に蘇生を受けることで期待できる結果を確認します。体への負担も併せて聞いておきましょう。予測できる範囲と不確かな部分を分けて聞くと、結果を保証されたと受け取らずに判断できます。
| 進める順序 | 本人と家族が確かめる内容 | 記録につなぐ相手 |
|---|---|---|
| 病状の説明 | 今の状態と今後の見通し | 訪問医 |
| 意思の確認 | 蘇生を受けるかどうかの希望と迷い | 訪問医と同席する家族 |
| 指示の記録 | 合意した範囲と未決定の項目 | 指示を出す医師 |
迷いが残るときは、何が判断を難しくしているかを伝え、未決定の部分をそのまま記録してもらえます。家族の希望と本人の希望が違うときも、同じ意見であるかのようにまとめず、違いを含めて医療者と共有します。
病状が変わったときは書面の完成を待たない
作成に必要な時間を左右するのは、説明への疑問や、本人の意思を確かめられる状態かどうかです。全国共通の面談時間や作成期限はなく、状態が安定しているうちは、説明を持ち帰って時間をかけて検討できます。
病状が急に悪くなった、入院や手術の説明を受けた、食べられなくなってきたときは、書面が未完成でも、その週のうちに訪問医と話す場を頼みましょう。これは一律の期限ではなく、説明を受ける機会を先延ばしにしないための目安です。
ただし、今まさに息苦しい、反応が鈍いといった急な変化は、話し合いの日まで待つ対象ではありません。事前に受けた緊急時の指示に従って連絡し、指示がなく命の危険が疑われるときは119番へ通報してください。
本人が意思を示せないときの判断と記録
本人の意思が確かめられない場合は、以前の発言から推定できる希望を尊重し、訪問医や看護師を含む医療・ケアチームで方針を検討します。家族の署名だけを根拠に、家族の希望をそのまま本人の希望へ置き換える手順ではありません。
意思を伝えられる方法を先に探す
声が出しにくい、耳が聞こえにくい、認知機能が低下しているという状態だけで、意思を示せないと決めるべきではありません。説明を短く区切る、文字で示す、体調のよい時間を選ぶといった支援を受け、理解と意思表示ができるかを確かめます。
手を動かせず署名が難しくても、説明を理解して希望を表せるなら、その意思が判断の基本です。署名できない理由と意思を確かめた方法を記録し、用紙への記入方法は訪問医と調整します。
以前の発言から推定できる意思を共有する
推定意思とは、本人の以前の発言や選択から「本人ならどう望むか」を推し量ったものです。本人の意思が確認できないときは、家族から聞いた内容を手がかりに、本人にとって望ましい医療をチームで検討します。
| 確かめられる状況 | 方針を検討する手がかり |
|---|---|
| 本人の希望を推定できる | 以前の意思を尊重し、現在の病状に照らす |
| 本人の希望を推定できない | 本人にとっての利益や負担を家族とチームで検討する |
| 家族等がいない、判断を委ねる | 医療・ケアチームで本人にとって望ましい方針を慎重に判断する |
この進め方は、人生の最終段階の医療・ケアの決め方を示す厚生労働省のガイドラインに沿うものです。以前の希望が不明な場合も、情報が足りないという事実を残し、医療者と家族が話し合った理由を記録します。
意見がそろわないときは判断を支える場を設ける
家族だけに決断を背負うよう求められると、どの選択にも不安が残るものです。本人の希望が分からない部分を率直に伝え、訪問医から病状と選択肢の説明を受け直すところから進められます。
話し合っても方針がまとまらない場合や、チーム内で医学的な判断が難しい場合は、訪問医に別の医師や看護師を交えた検討と助言を求め、何について意見が違うのかを整理してもらいます。
結論が出ていない間の急変時対応も、保留にしたままにせず訪問医へ確認しておく項目です。次の話し合いまでの連絡先と医療上の方針を、本人の療養を支える人たちで共有します。
署名前に指示書で確かめる項目
手元の書面では、対象となる処置、意思を確認した相手、医師の署名、作成日を確かめます。用紙の名前が同じでも記入欄は異なるため、空欄の意味や誰が記入する欄かを訪問医に聞く必要があります。
対象となる場面と処置を読み合わせる
「蘇生を希望しない」という短い言葉だけで終えず、心停止時の指示であると読み取れる記載になっているかが確認点です。指示の対象を広く受け取られないよう、書面と診療録にどの範囲が記されているかを一緒に見てもらいます。
聞き慣れない処置名があれば、体に何をするのか、どの状態で使うのかを説明してもらってから判断できます。記入欄に選択肢が並んでいても、内容を理解しないまま印を付ける必要はなく、分からない欄を示して質問するだけでも相談が進みます。
本人側の署名と医師の署名を確かめる
本人側の署名は、誰が説明を受け、どのような立場で意思を確認したかを示す記録になります。本人以外が署名する場合には、本人との関係だけでなく、本人の意思を直接確かめたのか、以前の発言から推定したのかが分かる記載が大切です。
| 確認する欄 | 手元の書面で見る点 |
|---|---|
| 本人を特定する情報 | 氏名や生年月日が本人の情報と一致するか |
| 本人または代わりの人の署名 | 署名した人と本人との関係が分かるか |
| 医師の署名と所属 | 指示を出した医師と連絡先が分かるか |
| 作成日・確認日 | いつの病状と意思に基づく指示か |
| 対象となる処置 | 説明を受けて合意した範囲と一致するか |
署名の方法は用いる書式に合わせて確認し、欄が埋まっているだけで意思確認が済んだと判断しないのが基本です。医師の指示欄と本人側の同意欄が分かれている用紙なら、それぞれの意味も説明してもらいます。
書面に収まらない経緯は診療録へ残す
短い用紙にすべての説明を書き込む必要はなく、詳しい経緯は診療録へ記録して共有できます。意思を確かめた方法や未解決の疑問が残っていると、後から担当する医師も、指示に至る理由をたどりやすくなります。
作成後は、本人の手元に残す写しを受け取り、読みづらい文字や説明と違う記載があれば、その場で訂正を頼みましょう。署名後に気づいた疑問も訪問医に伝えてよく、次の定期訪問まで待つ必要があるかは内容に応じて相談できます。
共有先と自宅の置き場所を決める
完成した指示書は、療養を支える人が必要なときに読めて初めて実際の対応に役立ちます。本人の同意を踏まえて共有先を決め、自宅の写しと医療機関の記録が食い違わないように管理する必要があります。
訪問医から看護と介護の担当者へ共有する
訪問医には指示と説明の経緯を診療録へ残してもらい、自宅で看護を行う訪問看護師には、病状の変化と連絡手順を含めて共有します。介護事業所への伝達を調整する相談相手は、介護サービスの計画を立てるケアマネジャーです。
| 共有先 | 共有する内容と担当 |
|---|---|
| 訪問医 | 医師の指示、意思確認の経緯、変更の記録 |
| 訪問看護師 | 指示書の写し、状態変化時の訪問医への連絡方法 |
| ケアマネジャー | 介護事業所への共有先の調整と連絡順 |
| 施設職員 | 入所時の書面確認、施設の担当医への引き継ぎ |
介護事業所の職員は、医師の指示を独自に書き換える立場ではなく、変化に気づいたときに医療者へつなぐ役目です。施設を利用する場合も、預けた書面を誰が受け取り、担当医へどう伝えるかまで明らかにしておきます。
写しと連絡先はすぐ取り出せる場所へ置く
自宅では、家族と訪問する職員がすぐ分かる場所に写しを置き、訪問医の連絡先を一緒に保管します。候補はベッド脇の診療用ファイルや連絡帳と同じ保管場所であり、家族だけが知る引き出しへしまい込むと、留守の時間に見つけにくくなります。
保管では「書面を置く場所」「写しを渡した相手」「見直し後の差し替えを担う人」が確認の要点。玄関から誰にでも内容が見える状態は避けつつ、緊急時に関係者が迷わず手に取れる位置を決めます。
スマートフォンの写真だけでは、端末のロックや持ち主の不在で確認できない場面もあるため、紙の写しの扱いを訪問医と相談しましょう。
救急時の連絡順は訪問医と事前に決める
119番で来た救急隊の対応は地域の消防の取り決めで異なり、指示書があっても蘇生や搬送が始まる場合があります。地域ごとの対応の検討は、救急業務を所管する総務省消防庁の消防白書にも示されています。
自宅での看取りを含め、予測される病状変化への対応が決まっているなら、その場面では訪問医へ先に連絡する手順を確認しておきます。指示を把握する医師が状態を判断し、必要な対応へつなぐためであり、つながらない場合の連絡先も併せて決めるのが大切です。
ただし、想定外の急変や事故で命の危険が疑われ、対応方針も確認できないときは、指示書を探すために119番通報を遅らせないでください。通報時には書面の存在と訪問医の連絡先を伝え、救急隊へ提示します。
取り消しと書き直しは希望や病状に合わせて行う
一度署名した後でも、DNARの希望はいつでも撤回や変更を申し出られます。変更を訪問医へ伝え、指示と共有した写しを更新するまでが見直しの作業です。
気持ちが変わったら口頭でも先に伝える
蘇生を受けたい気持ちに変わった、以前の説明を聞き直したいと感じたら、新しい用紙を準備する前に訪問医へ伝えます。変更の意思はまず口頭で伝えてよく、いつ申し出たかが医療者の記録に残るように依頼できます。
手元の指示書を破棄するだけでは、医療機関や訪問看護の担当者に変更が伝わらず、古い指示が残るおそれがあります。訪問医と更新の方法を決め、共有先への連絡と差し替えを誰が担うかまで確かめます。
入退院や病状の変化を見直しの合図にする
見直しは、病状の変化、入退院、療養場所の変更、本人の気持ちの変化をきっかけに行います。定期的な確認も必要ですが、全国一律の更新間隔や有効期限が定められた書類ではないため、次に確認する時期を訪問医と決めておくと忘れにくくなります。
訪問医は診察で治療の見通しが変わったときに再検討を持ちかけ、訪問看護師は日々の変化や本人の迷いを医師へ伝えます。ケアマネジャーや施設職員も、サービスや生活場所が変わるときに、指示を受け継ぐ相手と確認の機会を調整します。
書き直した後は、作成日と変更した部分を確認し、古い写しがそのまま使われないように差し替えましょう。以前の経緯は医療機関の記録に残し、現在使う書面との区別を明確にします。
POLSTは心肺蘇生以外の指示も記す書式
POLSTは、生命を支える治療について、本人の希望を踏まえた医師の指示を記す書式です。記載する対象にはDNARの指示だけでなく、心停止前の医療処置も含まれます。
この書式を使う場合も、心停止時の欄とそれ以外の処置の欄を分けて読み、各項目について説明を受ける必要があります。DNARを選んだだけで他の治療の選択まで決まると受け取らず、どの場面の指示かを確かめるのが基本です。
POLSTは、健康な人が将来の希望を一律に記入するための用紙ではなく、生命を脅かす病気がある人の治療方針を医療者と検討するためのものです。利用が現在の病状に合うかを訪問医に尋ね、使う場合は同じように共有と見直しを続けます。
よくある質問
手が動かないといった理由で署名できなくても、本人の意思を確認できるなら、その希望を踏まえて記録を進められます。訪問医に署名が難しい理由を伝え、代筆や確認方法の記載をどう扱うか、使用する書式に沿って相談します。
本人が意思を示せない場合は、署名の方法だけを決めず、以前の希望を推定できるかを医療・ケアチームで検討する手順が先になります。
内容が理解できず迷っているなら、その場で署名を済ませる必要はありません。説明を聞き直し、何が未決定かを記録してもらったうえで、次に話す日時を訪問医と調整できます。
病状が切迫して検討できる時間が限られるときは、判断がつくまでの対応と連絡先も同時に聞き、書面を持ち帰るだけで方針が不明なままにならないようにしましょう。
以前の指示書は意思を伝える資料になりますが、現在の訪問医に内容を確認してもらう必要があります。退院後の病状と希望に合っているかを読み合わせ、自宅で使う指示としての記録と連絡手順を整えます。
入院時に使った用紙の写しは、退院前に病院の担当者へ依頼できます。持ち帰った書面を訪問医へ渡し、訪問看護の担当者への共有も頼みましょう。
全国共通の有効期限はありません。作成日からの長さだけで判断せず、今の病状と意思に合っているかを訪問医と確認し、用紙や医療機関が設ける再確認の時期も聞いておくと管理しやすくなります。
訪問医へ撤回の意思を伝え、指示の記録を更新したうえで、共有先にある写しの回収や差し替えを調整します。訪問看護師や施設職員にも変更が届いたかを確かめ、自宅では古い書面を現在の指示として取り出さないように分けて保管します。



