老衰の在宅看取り|自然な最期を自宅で迎えるための経過と家族の対応

老衰の看取りは、がんの終末期のように短い期間で急に変わるのではなく、数か月から数年をかけてゆるやかに下っていきます。長く続く時間をどう過ごすかが、家族にはまず問われます。
食べる量が少しずつ減り、眠っている時間が長くなっていく変化は、病気の悪化というより老衰の経過そのものと重なります。人工的な水分・栄養補給をどうするかは、正解がひとつに定まらない分かれ道です。
自宅で看取ると決めたあとに要るのは、老衰という死亡診断がどう下されるかと、夜間に誰へ連絡するかという段取りでしょう。国と学会が公にしている指針をたどりながら並べ直していきます。
老衰の看取りはがんの経過とは進み方が違う
老衰の看取りでは、残された時間を数日から数か月の幅で見通せるがんの終末期とは違い、数か月から数年をかけて下っていく道をたどります。厚生労働省もこの違いに触れており、方針を何度も確かめ直す営みになります。
| 経過の型 | 見通しの立ち方 | 家族に生じやすい戸惑い |
|---|---|---|
| がんの末期 | 予後が数日から長くとも2〜3か月と予測できる場合がある | 残された時間を前提に段取りを組みやすい |
| 慢性疾患の急な悪化のくり返し | 悪化と持ち直しをくり返しながら予後不良に至る | 「今回も持ち直す」と考えて時期を計りにくい |
| 脳血管疾患の後遺症や老衰 | 数か月から数年かけて死を迎える | 終わりの見えない時間が続き、判断を先送りしやすい |
この整理は、厚生労働省が人生の最終段階の医療について解説した際に示したもので、日本老年医学会の立場表明2025にも引用されています。老衰は三つ目の型に置かれています。
数か月から数年をかけて下っていく老衰の経過
老衰では、大きな発作や急変を挟まないまま、体に蓄えられた予備の力が少しずつ細っていきます。半年前と比べれば確かに変わったのに、昨日と今日を比べても差が分からない、という進み方をします。
そのため家族は、危機のたびに決断を迫られるのではなく、ゆるやかな下り坂の途中で小さな選択を重ねていきます。いったん決めた方針を後から見直す余地が残るのも、この進み方ならではでしょう。
医療の側から見ても、どこからが人生の最終段階かの線は引きにくくなります。日本老年医学会は、病状や老衰が不可逆的で、さらなる治療でも好転や進行の阻止が見込めない状態を、その入り口としています。
予後の見通しが立ちにくいのはなぜでしょうか?
高齢者は複数の病気や障がいを併せ持ち、心理や生活の面からも影響を受けやすいため、経過がきわめて多様になるからです。同じ老衰でも、たどる道筋は一人ひとり違います。
日本老年医学会は、臨死期までの余命に日の単位から年の単位まで幅があるとして、立場表明2025では人生の最終段階の定義に数値を用いていません。学会が数字を避けるほど、見通しは立てにくいわけです。
「あと何か月ですか」という問いに医師が言葉を濁すのは、何かを隠しているからではありません。幅を持たせずに答えると、その数字だけが家族の中で一人歩きしてしまうためです。
「まだ大丈夫」と「もう長くない」を行き来する時期
老衰の途中では、数日食べられずに弱っていた本人が、翌週には座って会話できるまで戻る場面があります。持ち直しは珍しくなく、そのたびに家族の気持ちも揺れ動きます。
揺れること自体は、判断を誤っている印ではありません。むしろ、状態が変わるたびに方針を確かめ直す姿勢が、この時期には合っています。
持ち直したときに「まだ先がある」と考え直し、弱ったときに「いよいよ」と身構える往復を、家族だけで抱え込まずに医療と介護の担い手にも伝えておく姿勢が支えになります。
老衰が進むにつれて在宅の暮らしに現れる変化
老衰が進むと、食事の量が減り、眠っている時間が長くなり、動ける範囲がせまくなります。いずれも急な病気の発症とは限らず、老衰の経過に沿って現れる変化です。
在宅で毎日そばにいる家族ほど、この変化を「介護のやり方が悪いせいではないか」と受け止めてしまいがちです。
食べる量が少しずつ減っていく
好んで食べていたものを残すようになり、一度に飲み込める量が減り、食事に時間がかかるようになります。老衰では、こうした変化が数か月をかけて少しずつ重なっていきます。
飲み込む力が落ちると、むせやすくなったり、口の中に食べ物が残ったりします。無理に量を増やそうとすると、かえって誤嚥や本人の負担につながる場面もあるでしょう。
日本老年医学会のガイドラインも、苦痛なく次第に衰えて食べたり飲んだりできなくなってきた状態を、死へ向かう通常の経過とみなしうると述べています。
眠っている時間が長くなり、起きている時間が短くなる
日中もうとうとしている時間が増え、声をかけても反応が返るまでに間が空くようになります。夜と昼の区切りがあいまいになり、家族の生活のリズムとずれてくる場合もあります。
眠りが深くなるのは、体が使えるエネルギーを絞り込んでいるためと考えられています。起こして食事をさせるか、眠らせておくかは、その時々の本人の様子を見ながら決めていきます。
訪問診療や訪問看護の場では、眠っている時間の長さそのものより、起きているときに苦痛の表情があるかどうかを見ています。
体重が落ち、動ける範囲がせまくなる
食べる量が減れば体重は落ち、筋肉も細くなります。立ち上がりや歩行が難しくなり、居間まで出てきていた本人が、寝室で過ごす時間を長くしていきます。
体重の減少は、栄養を足せば必ず戻るとは限りません。老衰の時期には、取り込んだ栄養を体が使いきれなくなっている場合があるためです。
動く範囲がせまくなると、床ずれや関節のこわばりが起こりやすくなります。寝床の環境や体の向きの変え方は、訪問看護師に相談しながら整えていきます。
一直線に進まない変化に家族が揺れる
老衰の変化は、毎日少しずつ悪くなる形では進みません。よく食べる日と、ほとんど口をつけない日が交互に来る場面も珍しくないでしょう。
良い日が来ると「戻ってきたのかもしれない」と期待し、悪い日が続くと「自分の介護が足りない」と責めてしまいがちです。この振れ幅そのものが、家族の消耗の元になります。
家族が気づきやすい変化をあらかじめ言葉にして共有しておくと、揺れの幅は少し狭まります。
- 好んでいた食べ物を残すようになる
- 一度に飲み込める量が減り、食事に時間がかかる
- 日中もうとうとしている時間が増える
- 声かけへの反応がゆっくりになる
- 入浴や外出を負担に感じる場面が増える
- 体重が落ち、衣服や指輪がゆるくなる
どれも異常ではなく、老衰の経過に沿った変化です。ただし高い熱が急に出た、強い痛みを訴えるといった様子が重なるときは、別の病気が隠れている場合があるため、訪問診療の担い手へ伝えます。
老衰で食べられなくなったときの人工的水分・栄養補給の選び方
胃ろうも点滴も、始めるほうが良い、やめるほうが良いと一律には決まっていません。日本老年医学会は、導入しない選択も候補として並べ、本人の人生にとっての益と害で比べる道筋を示しています。
判断の重みを家族だけで背負う必要はなく、医療と介護の担い手が同じ場に加わります。
| 補給の方法 | どのように入れるか | 検討のときに確かめたい点 |
|---|---|---|
| 胃ろう栄養法 | おなかに開けた口から胃へ直接栄養を入れる | 栄養が保たれたとき、本人の暮らしがどう変わるか |
| 経鼻経管栄養法 | 鼻から胃まで通した管で栄養を入れる | 管の違和感や、自分で抜いてしまうときの備え |
| 中心静脈栄養法・末梢静脈栄養法・持続皮下注射 | 血管や皮下から水分と栄養を入れる | 水分を入れる手立てが本人の快適さにつながるか |
学会は人工的水分・栄養補給を、胃ろうや鼻からの管を使う経腸栄養法と、血管や皮下から入れる非経腸栄養法に大きく分けています。どれを選ぶかより先に、何を目指すのかを決める順序を示しています。
まず確かめるのは口から食べる道が残っていないか
学会が最初に置いているのは、口から水分や栄養をとる身体の力と、それを支えるケアがどこまで実施できるかの見直しです。姿勢、食事の形、介助の手順を変えるだけで、口から食べられる量が戻る場面もあります。
歯や入れ歯の具合、口の中の乾き、薬の影響で食欲が落ちていないかなども、この段階で確かめます。人工的な補給を検討するのは、その見直しを尽くしたあとになります。
訪問診療では、言語聴覚士や管理栄養士、歯科と連携しながら口から食べる道を探る場合もあるでしょう。
導入しない選択を並べてもよいのでしょうか?
学会のガイドラインは、導入しないことを含めて候補となる選択肢を本人と家族に示すよう定めています。並べること自体が手順の一部であり、家族が非情なわけではありません。
そのうえで、それぞれの選択肢が本人の生活にもたらす益と害を伝え、本人の意思と人生についての理解に照らして最善の道を考えられるようにする、と書かれています。
目指すところも二つに分けられています。生命を保って本人の良い人生が当面続くことを目指すのか、残された時間をできるだけ快適に過ごせるようにするのか、という分け方です。
補給を始めればそれなりの生活の質を伴う延命が見込まれる場合には、一般に導入が適当と考えられる、とも明記されています。導入しない側だけを勧める指針ではありません。
始めたあとに減らす・やめる判断も残されている
導入は後戻りできない決定ではありません。学会は、始めたあとも効果と本人にとっての益を継続して評価し、必要なら中止や減量を検討するよう求めています。
口から食べられるようになって離脱できる場合と、全身の状態が悪化して延命の効果が見込めなくなった場合の、どちらも見直しの対象に挙げられています。
本人や家族から中止の申し出があったときも、本人の意思の推定と人生にとっての益という同じ物差しで判断します。
厚生労働省のガイドラインも、医療とケアの開始・不開始・内容の変更・中止は、医療とケアのチームが医学的な妥当性と適切性を基に慎重に判断すべきだとしています。
家族の事情や住まいの条件も判断に入る
学会は、家族の気持ちや都合、居宅介護の条件、入居先の施設の方針によって選択が左右される場面がしばしばあると認めています。現実を無視した理想論を求めてはいません。
そのうえで、いまの環境で許される範囲でできるかぎり本人にとっての最善を目指し、家族の負担も許容できる程度に抑える道を探す努力をする、と書かれています。
「介護が大変だから」だけを理由に決めた選択は後で家族を苦しめますが、家族の暮らしを勘定に入れてはならない、という指針でもありません。
老衰の在宅看取りを支える話し合いの進め方
厚生労働省のガイドラインは、本人による意思決定を基本に置いたうえで、意思が確認できないときの手順まで定めています。老衰の在宅看取りでは、体の状態が変わるたびにその手順をたどり直していきます。
本人や家族らと繰り返し話し合う取り組みには、「人生会議」という愛称が付けられています。
本人の意思が確認できるときの決め方
医師などから本人の状態に応じた説明を受け、本人と医療・ケアチームが十分に話し合ったうえで、本人による意思決定を基本として方針を決めます。多職種のチームとして決めるところまでが手順に含まれます。
本人の意思は変わりうるものだと明記されている点も大切です。時間の経過や心身の変化に応じて、本人がその都度の思いを示し、伝えられるよう支える、と定められています。
近い将来に意思を伝えられなくなる見込みがあるときほど、伝えられるうちから家族も同席しておくと、引き継ぎがなめらかになります。
本人の意思が確認できないとき家族が担う立場
認知症が進んだり意識が保てなくなったりして本人の意思が確認できないときは、まず家族らが本人の意思を推定できるかどうかを見ます。推定できるなら、その推定意思を尊重して最善の方針をとります。
推定できないときは、本人に代わる者として家族らと十分に話し合い、本人にとっての最善の方針をとる、という順序です。家族らがいない場合や判断を委ねられた場合も、本人にとっての最善が基準になります。
日本老年医学会は、この立場に立つ家族らを「代弁者」と呼ぶよう勧めています。家族自身の希望ではなく、本人ならどう望んだかを述べる役目だからです。
話し合った内容を文書に残す
厚生労働省のガイドラインは、話し合った内容をその都度文書にまとめるよう求めています。記憶は時間とともに食い違い、家族の間で「聞いた・聞いていない」の溝が生まれるからです。
形式は決まっていません。訪問診療のカルテ、ケアマネジャーが持つ記録、家族が書いたノートのいずれでも、日付と参加者が分かる形で残っていれば足ります。
- 本人が繰り返し口にしてきた望みや言葉
- 食べられなくなったときの水分・栄養についての思い
- 最期を過ごしたい場所
- 本人の意思を代弁する役目を担う人
- 話し合った日付と参加した人
一度書けば終わりではなく、状態が変わったら書き足していきます。古い記録だけが残ると、いまの本人の思いとずれた方針が独り歩きしてしまいます。
家族の間で意見がまとまらないとき
きょうだいの間で考えが割れる、遠方の家族が別の意見を持ち込むといった場面は珍しくありません。厚生労働省のガイドラインは、こうした行き詰まりも想定しています。
医療・ケアチームの中で内容を決めきれない場合、本人とチームの間で合意が得られない場合、家族らの中で意見がまとまらない場合には、複数の専門家からなる話し合いの場を別に設けると定められています。
在宅では、訪問診療の医師、訪問看護師、ケアマネジャーが顔をそろえる場が、その入り口になります。家族だけで結論を出す必要はありません。
| 本人の意思の状況 | 方針をどう決めるか | 家族らに期待される関わり |
|---|---|---|
| 本人の意思を確認できる | 説明と話し合いを経た本人の意思決定を基本に、チームとして決める | 同席し、思いが変わったときの支えになる |
| 確認できないが家族らが推定できる | 推定意思を尊重し、本人にとっての最善の方針をとる | 本人ならどう望んだかを代弁する |
| 確認できず推定もできない | 本人に代わる者として家族らと十分に話し合い、最善の方針をとる | 本人の暮らしぶりや価値観を持ち寄る |
いずれの場合も、時間の経過や状態の変化に応じて同じ手順を繰り返すよう定められています。一度の話し合いで決着させる作りにはなっていません。
老衰の最期を自宅で穏やかに保つ家族の手当て
老衰の時期に自宅でできる手当ての中心は、苦痛を減らし、心地よさを保つところにあります。日本老年医学会は、人生の最終段階の医療とケアの中核に緩和ケアの考えと技術を置くべきだとしています。
特別な技術より、毎日の細かな手入れが本人の楽さを左右します。
| 気になる変化 | 自宅でできる手当て | 医療者へ伝えたい様子 |
|---|---|---|
| 口の中が乾く | 綿棒やスポンジで湿らせ、保湿剤を薄く塗る | 乾きが強く、話しにくそうにしている |
| 同じ姿勢が続く | クッションで支え、無理のない範囲で向きを変える | 皮膚の赤みやただれが出てきた |
| 息づかいが変わる | 上半身を少し起こし、部屋の空気を入れ替える | 苦しそうな表情や呼吸の乱れが続く |
手当てのやり方は、訪問看護師に実際に見せてもらいながら覚えると確実です。家族が自己流で続けると、かえって本人の負担になる場合もあります。
口の中をうるおすケア
食べる量が減ると唾液も減り、口の中が乾いて舌や唇が荒れやすくなります。飲み込む力の落ちた本人にとって、口の乾きは想像以上につらいものです。
水を飲ませられない時期でも、口をうるおす手当ては続けられます。スポンジブラシで湿らせる、保湿剤を塗る、氷片を口に含ませるといった方法を、状態に合わせて教わります。
口の中を清潔に保つ手入れは、誤嚥性肺炎を避けるうえでも意味があります。歯科の訪問診療を組み合わせる道もあるでしょう。
体の向きを変え、寝床を整える
寝ている時間が長くなると、骨の出っ張った部分に体重がかかり続け、床ずれが起こりやすくなります。定期的に向きを変え、クッションで支えると、圧のかかる場所が分散します。
老衰が進んだ時期には、無理に大きく動かすと本人がつらそうにする場面もあります。何時間おきに何度という決まりに縛られず、本人の表情を見ながら加減するほうが現実的です。
介護用ベッドやマットレスの手配は、ケアマネジャーに相談すると道筋が見えてきます。寝床が整うだけで、本人の眠りも介護する側の腰の負担も変わります。
痛みや息苦しさを我慢させない
老衰だから痛みはない、と決めつけないほうが安全です。日本老年医学会は、重度から末期の認知症を有する人も、認知症のない人と同じように苦痛を感じていると述べています。
苦痛を言葉で訴えられない本人の場合、表情のゆがみ、うめき、体のこわばり、落ち着かない動きが手がかりになります。気づいた様子は、そのまま医療者へ伝えます。
痛みや息苦しさへの手当ては、自宅にいても受けられます。訪問診療では薬の調整や、必要に応じた酸素の使用など、状態に合わせた対応をとります。
そばにいる時間の過ごし方
反応が乏しくなっても、そばにいる家族の関わりに意味がなくなるわけではありません。話しかける、手を握る、好きだった音楽をかけるといった時間は、本人にも家族にも残ります。
何もできていないと感じる日もあるでしょう。厚生労働省のガイドラインは、痛みやその他の不快な症状を十分にやわらげ、本人と家族らへの精神的・社会的な援助も含めた総合的な医療とケアを求めています。
家族が眠れていない、食べられていないときは、その状態も医療者へ伝えます。支えられる相手には、家族も含まれています。
老衰を死因とする死亡診断書が書かれるまで
死因として「老衰」と書けるのは、高齢者で他に記載すべき死亡の原因がない、いわゆる自然死の場合だけです。厚生労働省の死亡診断書の記入マニュアルが、そう定めています。
老衰から他の病態を併発して亡くなったときは、医学的な因果関係に従って書きます。
厚生労働省が示す老衰の線引き
このマニュアルは原則として毎年度発行されており、死因の書き方について細かい注意を並べています。老衰についての定めも、その一つとして置かれています。
高齢だから自動的に老衰になるわけではありません。肺炎や心不全など、記載すべき原因が別にあるなら、そちらが死因として書かれます。
老衰と書かれた死亡診断書は、家族にとって「誰のせいでもない最期だった」という記録にもなります。書き方の定めを知っておくと、後から診断書を見返したときの受け止め方も変わってくるでしょう。
医師が死亡に立ち会えなかったときの扱い
在宅では、家族が気づいたときにはすでに息をしていなかった、という場面が起こります。医師が立ち会えなくても、死亡診断書は交付されます。
これまで診療を行ってきた医師が、死亡後に改めて診察を行い、生前に診療していた傷病に関連する死亡だと判定できる場合には、医師法第20条の本文により死亡診断書を交付できます。
最終の診察後24時間以内に亡くなった場合には、改めての診察なしに交付できる例外も置かれています。ただし厚生労働省は、それはごく限られた場合だと念を押しています。
自宅で亡くなると必ず警察が来るのでしょうか?
基本的に警察が来ることはありません。厚生労働省は、死亡診断または死体検案に際して死体に異状が認められない場合、所轄警察署に届け出る必要はないと示しています。
届け出が要るのは、書類の別を問わず異状を認めるときです。医師法第21条が、検案して異状があると認めたときは24時間以内に届け出るよう定めています。
訪問診療を受けながら老衰の経過をたどってきた場合、多くは異状のない死として扱われます。判断するのは医師であり、家族が警察へ連絡するかどうかを決める場面ではありません。
自宅で息を引き取ったあとに家族が最初にすること
呼吸が止まったと気づいたとき、まず連絡する先は救急ではなく、訪問診療のクリニックか訪問看護ステーションです。あらかじめ渡されている緊急時の連絡先を、目につく場所に貼っておきます。
あわてて救急車を呼ぶと蘇生の処置が始まり、本人と家族が望んでいた最期の形から離れてしまう場合があります。日本老年医学会も、本人にとって最善とはいえない救急搬送で尊厳が損なわれる例が多いと指摘しています。
連絡を受けた医師が到着するまでのあいだ、体をきれいにしたり、着替えを用意したりして待てます。すぐに何かをしなければならない決まりはありません。
| 場面 | 交付される書類 | 根拠として示されている定め |
|---|---|---|
| 診療管理下にある患者さんが、生前に診療していた傷病に関連して死亡したと認めるとき | 死亡診断書 | 厚生労働省の記入マニュアル |
| それ以外のとき | 死体検案書 | 同じマニュアル |
| 書類の別を問わず、死体に異状を認めるとき | 所轄警察署へ届け出たうえで交付 | 医師法第21条 |
家族が書類の別を選べるわけではなく、医師が状況に応じて判断します。老衰の経過を診てきた医師がいる在宅の看取りは、死亡診断書が交付される形に当たる場合がほとんどです。
在宅での老衰の看取りを続けるか方針を見直すか
自宅で最期までと決めていても、途中で入院や施設へ移る選択に変えてかまいません。日本老年医学会は、自宅で完結することが目標ではないと明記しています。
状況に応じて医療機関や高齢者介護施設とも連携し、本人にとっての最善の医療とケアを届けるのが大切だ、という立場です。
自宅で完結することを目標にしなくてよい
「家で看取ると約束したのに」という思いが、家族を追い詰める場面があります。約束の中身は場所ではなく、本人が穏やかに過ごせるかどうかのはずです。
学会は在宅医療を地域包括ケアの一部と位置づけ、医療とケアの担い手が互いに対等な関係で連携を進めるべきだとしています。自宅と病院は対立する選択肢ではありません。
途中で場所が変わっても、それまで自宅で積み重ねてきた日々が失われるわけではないでしょう。
方針を見直したくなる場面
見直しのきっかけは、本人の状態だけでなく、支える側にも生じます。どちらか一方だけが我慢して続けると、看取りの時間そのものが張り詰めてしまいます。
- 介護する側の体調が崩れたとき
- 痛みや息苦しさが自宅で抑えきれないとき
- 夜間の見守りを続けられなくなったとき
- 本人が別の場所を望むようになったとき
- 同居していない家族の考えが大きく割れたとき
どの場面でも、まず訪問診療の医師とケアマネジャーへ相談します。転院や入所を決める前に、自宅で対応を強める道が残っている場合もあります。
夜間や休日に連絡できる先を決めておく
在宅の看取りで家族が最も不安になるのは、夜中に様子が変わったときです。連絡先が分からないままだと、反射的に救急車を呼ぶ以外の道が浮かびません。
厚生労働省が定める在宅療養支援診療所の施設基準では、24時間連絡を受ける体制と、患家の求めに応じて往診できる体制の確保が求められています。緊急時の連絡先を文書で患者さんや家族へ渡す点も含まれています。
| 連絡する先 | 主に担うところ | 控えておきたい情報 |
|---|---|---|
| 訪問診療のクリニック | 往診、薬の調整、死亡診断 | 夜間・休日の電話番号 |
| 訪問看護ステーション | 体の手当て、状態の見立て、家族への助言 | 24時間対応の有無と連絡方法 |
| ケアマネジャー | 介護の体制づくり、施設や入院の相談 | 日中の連絡先と担当者名 |
連絡先は冷蔵庫の扉など、家族の誰もがすぐ見つけられる場所に貼っておきます。夜中に慌てた家族が、家じゅうを探し回らずに済みます。
決めたことは何度でも変えられる
老衰の看取りでは、方針を決めた時点と実際に最期を迎える時点とのあいだに、数か月から数年が横たわります。その間に本人の思いも家族の事情も変わって当然でしょう。
厚生労働省のガイドラインは、時間の経過や心身の状態の変化に応じて同じ手順を繰り返すよう定めています。変えるのは、前の決定が間違いだったという意味ではありません。
迷いが出たときに、その迷いをそのまま医療と介護の担い手へ渡せる関係を作っておく姿勢が、老衰の在宅看取りを支えます。
よくある質問
- 老衰で食べられなくなってから亡くなるまで、どれくらいかかりますか?
-
一律の目安は示されていません。日本老年医学会は、臨死期までの余命に日の単位から年の単位まで幅があるとして、人生の最終段階の定義に数値を用いていません。
高齢者は複数の病気や障がいを併せ持ち、経過がきわめて多様になるためです。日数を尋ねたい気持ちは自然ですが、幅を持った説明にならざるを得ない点をご承知おきください。
- 老衰で点滴をしない選択は、本人を見捨てたことになりますか?
-
日本老年医学会のガイドラインは、導入しない選択も候補として並べ、それぞれの益と害を伝えたうえで判断する手順を定めています。並べること自体が正規の手順に含まれます。
学会は、人工的な水分の補給を、主に本人の苦痛を避けて快適さを保つための方法と位置づけています。何を目指すのかをはっきりさせたうえで選ぶ形になります。
- 老衰でいったん始めた胃ろうを、後からやめられますか?
-
日本老年医学会は、導入後も効果と本人にとっての益を評価し続け、中止や減量の検討を求めています。口から食べられるようになった場合と、全身の状態が悪化した場合の双方が対象です。
厚生労働省のガイドラインも、医療とケアの開始・不開始・変更・中止を、医学的な妥当性と適切性を基に慎重に判断すべきだとしています。
- 老衰で自宅で亡くなった場合、警察を呼ぶ必要がありますか?
-
厚生労働省は、死亡診断または死体検案に際して死体に異状が認められない場合、所轄警察署に届け出る必要はないと示しています。異状があるかどうかを判断するのは医師です。
家族がまず連絡するのは、訪問診療のクリニックか訪問看護ステーションになります。緊急時の連絡先は、あらかじめ文書で渡されているはずです。
- 老衰の在宅看取りを決めた後で、入院に切り替えてもよいのでしょうか?
-
かまいません。日本老年医学会は、自宅で完結することが目標ではなく、状況に応じて医療機関や高齢者介護施設と連携するのが大切だとしています。
介護する側の体調や、自宅で抑えきれない苦痛が理由になる場合もあります。方針を変えたいと感じたら、訪問診療の医師とケアマネジャーへ伝えるところから始まります。


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